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ロンドン日記 その19

早いもので三カ月のロンドン滞在もあと残り一カ月を切った。大英博物館にもウェストミンスター寺院にもまだ行っていない。最近訪ねた地味な場所について書き残しておこう。 ハイゲイト墓地 11月1日は諸聖人の日(All Saints’ Day)。ハイゲイト墓地が夜の7時まで開いていて、懐中電灯を持参して行けば、有名人の墓を訪ね、蝋燭を墓碑に供えてもよい、というイベントがあった。この墓地の東区画にはカール・マルクスやジョージ・エリオットの墓がある。マルクスの墓を探すのはとても簡単。墓碑の一部が巨大な頭像で、「WORKERS OF ALL LANDS UNITE (万国の労働者よ、団結せよ)」と刻まれているから。しかし、これは彼の奥さんが亡くなったときに二人を共に埋葬するために新しく建てられたもの。最初のお墓も同じ墓地にあるのだけど、これを夜探すのは大変… 見つけたけど。資本論は読んだことはないけどマルクスについての本は読みかじったことがある。働くのが嫌いでリッチな生活を好んだらしいね。だからお墓もこんなに立派なのかしら。 大英図書館 ここにはマグナカルタもあるけど、ビートルズの四人の直筆の走り書きもある。マグナカルタは見ても「ふうん」としか思わないけど、ポール・マッカトーニーが「イエスタディ」の歌詞を最初に思いついて殴り書きしたノートの切れ端などは、こちらも読めるからちょっと感動する。古い円形の図書閲覧室がここにあるんだと思って行ったら、「それは大英博物館ですよ」と言われた。とほほ。ニット・ナイトで知り合った人が、この大英図書館でイギリス海軍の18、19世紀の歴史を調べている(研究者だから)。なんでそんなことに興味を持ったの?と尋ねたら、「子供の頃パトリック・オブライアンの小説を読んだから」と。編み物好きな人というのは概ね「一攫千金」とか「立身出世」とは無縁。 大英自然史博物館 月に一度夜遅くまでやっていて、たぶん普段は子供でごったがえしている博物館だけど、この日はバーも設けられるので、未成年お断りの日。やっぱり恐竜の展示が一番いいね! 他には、絶滅してしまったドドの展示。『不思議の国のアリス』に出てくるから本物を見たことはないけど親近感があるね。ドドは英語の慣用句の中に生きていて、「Go the way of the dodo」という句がある。「廃れる」の意味。 インペリアル・ウォー・ミュージアム(戦争博物館) ブレッチリーに見学に行った話をしたせいで、いろんな人からオススメをされた。今年は第一次世界大戦開戦の百周年とあり、ものすごい混雑ぶり!最近の紛争や対テロの戦いに関する展示もある。イギリスは第二次世界大戦の戦勝国なので、それについては加害者としての自分たちをとらえた展示にはなっていないけれど、第二次世界大戦でアメリカに借りができたことなどはわかるようになっているし、その前後のツケを長年にわたり払わされていることも示す展示。でも人がいっぱいで全部を見ることはできなかった。ウェットな感情を喚起するような展示ではないので見やすかった。 ティーカップを被らされているのはトニー・ブレア。 反戦のポスター

ミュンヘンのマトリョーシカ

パリで質の高いマトリョーシカに出会った後に、ミュンヘンで見つけたマトリョーシカを見ると「絵の巧さ」の違いが歴然としているのを感じるけど、バカっぽいところが愛おしいミュンヘンのマトリョーシカについても書き残しておこう。 質が高いとか低いとかというのは、見比べてみて初めて実感できる。それは値段にも反映されているけど、質が高いからといって、可愛い、自分のものにしたい、欲しい、という所有欲には直結しない。それを持っていると和むとか癒されるとか、幸福を感じるなんてことも大切。あくまで私にとっての話だが。 ヘンに「ブランド」とか「老舗」とか「皇室御用達」とかいうものがないのがマトリョーシカのよいところ。マトリョーシカの相場を吊り上げている人も存在してなさそうだし。作るほうもなんとなく「兼業」でやっている人が多そうなところも、「小銭が稼げて暇つぶしができれば御の字」的な人が多勢を占めていそうなのもいい。大体私は「無欲で芸術に取り組む」なんてことは信じていない。ただ作ったものが思わぬところで、人の心に響き、役に立つ、というのは信じている。 話はもとに戻り、そういう目では「できそこない」に見えなくもない、たとえばこの熊のマトリョーシカ。 「目」の入れ方が雑なため「アホ顔」になっているところがむしろ可愛い。とってつけたような口元の赤い点も、それ、要らんやろう、と思うばかりか、これを2個にしてほっぺにくっつければ「くまモン」になる(なってほしくはないが)。最後の一番小さい子は雪の妖精なのだろうけど、「熊の中に入っている」ところがきゅんとくる。最後が小熊だったら買わなかったと思う。 追記:これは「三匹の熊」という民話のマトリョーシカではないかと、情報が寄せられたので「そうかもしれない!そうだ!」ということで、雪の妖精というのは取り消しします。 こちらのイチゴ姫のほうも、質という点では、顔、イチゴ、水玉、どれをとってもいまひとつだし、一番小さい子にいたっては水子のよう。チリチリの髪の毛だし、だたの白黒で、赤すら入れてもらっていない。それが斬新だったりする。ひょっとして老眼のおばあちゃんが震える手で頑張って絵付けしたのではないか、などと勝手に想像するのも楽しい。 ああ、フランスで質の高いマトリョーシカを見て買って満足はしたものの、私のマトリョーシカの森に入れるとなると、浮いてしまうのではないかと心配だ。平和な森に、階級が生まれて均衡が崩れてしまうかもしれない。

パリのマトリョーシカ

フランス語が堪能な友人がパリに来ている時期を狙ってパリで合流。ユーロスターでフランス入り。十年ぶりのパリだけど、古い町並みは変わらないのに店が変わっていたりして、少し驚いた。いろいろと古い想い出も蘇った… 足場のよさげなサンジェルマン地区からパリのいろんなところを散歩。友人の案内あり単独の時間もありの二泊三日の滞在のお目当てはマトリョーシカ。友人に教えてもらった専門店がパリ市内に二店舗。土産物のレベルを大きく超えた質の高いマトリョーシカにお目にかかることはあまりない。楽しみにして店に足を運んだ。 まずサンジェルマン店をチェック。店内に入るや浮き足立ち、怪しい人だと思われないように「マトリョーシカを集めているので、ものすごく時間をかけて見ますから、気にしないでください」と先に断る。気に入ったものをテーブルの上に次々に乗せて、人形を開いていく。店に置いてあるものはこれまでに見たことのないようなものばかり!人形に描かれた精緻な絵や技術を手にとってシゲシゲと堪能なんて幸せ! 次にマレ店。こちらの店舗は若干狭いけれど、置いてあるマトリョーシカの数と質は変わらないと思う。置いてあるものも少し違う。こちらの店員は接客業向きの人で、私が気に入ったものをどんどんとテーブルに載せ展開させていると、「どうぞ座って!」とか「入荷したてのがあるから持って来るわね」とか奥からどんどんと出してくる。そんなわけで私は店の真ん中にどーんと腰をおろしてマトリョーシカを展開させて並べたりしていた。 マレ店の店員さんは、私の好みでないためにこれまで見向きもしなかったものでも「この絵柄はね…」とデザインの背景や意味を教えてくれる。「こんな店で働きたい!毎日マトリョーシカに囲まれてるなんて幸せ!」と言うと、「いえ別に。マトリョーシカは一つも持っていませんし」と冷めた返事が。ここで私は思った。もし私がこの店の店員ならマトリョーシカについて熱く語れて、優秀な営業成績を残せるのではないかと… でも給料はみなマトリョーシカに散財してしまうな。 新しく学んだこと(1) 箱根からロシアに伝わって出来たマトリョーシカは、最初は卵型であったらしい。箱根のロクロ細工の田中さんも卵型のものを彫っているのでそれは納得。それが時を経て人間っぽくくびれた形になって、そのうちふっくらとしたオデブさんも出来てきたとのこと。これがその卵型マトリョーシカ。 新しく学んだこと(2) 精緻なタッチの絵が描かれた高級マトリョーシカは大人が集める工芸品で、安くて可愛いものは子供用。子供用だからこそ、寓話を話して聞かせたり数を数えるのに使ったり、マトリョーシカに書かれている絵を見せて「これは誰?これは何?」と話しかけるのだそう。その説明にも納得。 新しく学んだこと(3) 絵柄については店の人に聞くべき。私好みのものはなかったが、火の鳥を描いたマトリョーシカがとても多い。それがマトリョーシカの女の子のスカーフやドレスの模様になって紛れ込んでいることもある。火の鳥はロシア民話によく出てくる。たとえば、これは私の好みじゃなかったけど、ブルーのマトリョーシカというのが珍しいので質問してみたら、火の鳥をモチーフにしたロシアの青と白の陶器をもとにしたデザインなのだそう。 マレ店では一人しかいない店員さんと楽しいひと時を過ごした(2時間はいたけど誰もほとんど客が入ってこなかった)。この二店舗で合わせて四つ買った。 そもそも私はマトリョーシカを開いたときの「驚き」が大好きなので集めている。これは可愛さに驚いた。 バブーシュカを巻いたふくよかなお姉さんの中からは、イチゴとキノコが! 牛の胴には、眼鏡を掛けたおばあさん、おばあさんの中に犬が! しかし今回は一番外側の人にも驚かされた。パン職人一家。外側のお父さんはケーキとドーナツ型のクッキーを手にしているが、クッキーが飛び出している!「枠」から飛び出す手法というのは日本の版画にもあるけど、まさにそれ!お母さんはイースターエッグ、息子はミルク、娘もミルク、末の子はミルクカップを持っている。 そして、今回私としては贅沢をしてしまった一品。お店の人いわく、初期のマトリョーシカの顔はさっぱりしていて、その原点に戻ろうとしての作品らしい。元祖は箱根だからなのかしら、コケシっぽい和な雰囲気が。バブーシュカも巻いておらず、なんとなく小花が散らしてあるだけ。そして、マトリョーシカの金色の部分はシールであることが多いのに、これはちゃんと金色の絵の具で描いてあるからピカピカしてない。グロスっぽいニスも塗ってない。お腹に描いてある絵がロシアの伝統的建物だけどそれが細かい!! 最後にマレ店で散々遊んだ挙句、お別れしてドアを閉めようとしたら、「あの、コレ!おみやげにもってって!」と手渡されたのがこれ。コロッケの「ちあきなおみ」ふうな上目遣いがヨロシイ。 これもみな友人のおかげ!サンキュっ!

ロンドン日記 その18(MANCESTER)

相方が仕事でマンチェスターに出張だったのでお相伴。仕事を休むことなど滅多にない人が「一日休む」というので、マンチェスターについて事前調査。といっても、八〇年代にマンチェスターから出てきたバンドのファンなので、ゆかりの地を探しただけ。現存しているライブハウスはすぐにわかるけど、つぶれてしまって跡地しかないところは、ナビゲーションを使って辿り着いてもわかりづらい。特に目立つ看板が立っているわけでもないし。でも、ナビとウィキペディアを見ながら「こ、これだよね!?」と発見した瞬間はとても盛り上がる! 一番楽しかったのが、The SmithsのTHE QUEEN IS DEADのアルバム・ジャケットの写真が撮影されたところに行ったこと。マンチェスターの市外にあって、トラックとか車がバンバン走っている道路脇を歩いているのは我々のみ。バスに乗ればいいのに、歩いたほうが中高校生みたいだから。市内中心地から三十分は歩いたと思う。そんなに遠くはないけど散歩を楽しめるような道ではないので… さすがに帰りは疲れてバスに乗ったけど。 行ってみたら、え?ここ?というぐらいに地味で何にもないところだった。そんなところで二人でアルバム・ジャケットと同じになるようにスマホでせっせと写真を撮り合い、あーでもないこーでもないと写真を加工して、SNSにアップして遊んだ。周りに誰も人はいなくて、一時間はそんなことして遊んでいたかも。 その後はまた市内に戻ってMuseum of Science of Industry (MOSI)へ。マンチェスターとリバプールを結んでいた鉄道駅(世界初の人を運ぶ鉄道の駅)が博物館になっていて、産業革命で劇的に変わったマンチェスターの歴史がここで学べる。綿工業で栄えたので、綿からコットン生地ができるまでの当時の工業機械がずらーっと並んでいるし、街の人口が劇的に増えたために、下水道や安全な水源の確保が課題だったので、下水道とトイレと公衆衛生の展示もあって、ここがとても面白い。人が集まって生活が激変するところというのは、これまでにはない課題に直面するからこそ革新が起きるのだなあと感心。技術革新もそうだけど、労働や貿易に関する法整備や公衆衛生とか。入場料は基本無料だけど、できれば3ポンド寄付して欲しいということだったので、二人で6ポンド。エンジニアという職業を誇る博物館なんだから寄付しなきゃね(教授は特に)。カール・マルクスの友人のエンゲルスもマンチェスターで紡績業を営んでいたので、展示に出てきた。この博物館はおすすめ! 糸を捻って強度をつけてボビンに糸を巻いていく 布にプリントするためのはんこ タグを織る機械。左上はデザインのパンチカードかな? 医療や宇宙開発などに使われるハイテクニットの展示もある。これは、生命兆候をモニターできるニットの開発 風立ちぬに出てくる飛行機みたい。ここにはロールスロイスの飛行機のエンジンも展示されている ブレッチリー・パークで暗号解読に活躍したアラン・チューリングは戦後マンチェスター大学に移ったのだけど、ゲイであった彼の銅像はマンチェスターのゲイ・ビレッジにある公園の中にひっそりと。そしてこの銅像は…彼の命を奪った青酸カリ入りの林檎を握っている!!自殺説もあれば暗殺説もあるが真実はわからない。私は暗殺説のほうがドラマチックなのでそっちを勝手に信じている。

The History of Love

いつものトロントの毛糸屋さんで、本の話をしていたときに勧められた本。「翻訳者が出てくるから」というのがお勧めの理由。翻訳者は主人公ではないけれど、「翻訳」はこの物語の重要な要素。私は英語で読んだけど、村松潔さん(マディソン郡の橋の訳者)訳の訳本もある。 話の構成が複雑で登場人物も何人もいて、ある人の話が何章も続いたかと思うと、突然別の人が別の時空間で登場する。誰の話かということは、各章のタイトルにくっついている「印」でわかるらしいが、そんなことは後で知った。登場人物の名前をメモしておかないと混乱する。まとまった時間があるときに一気に読んだほうがいいかも。私は最初混乱して面倒になって放り投げる寸前だった(が、気を取り直した)。セント・アイブスからの寝台列車の中で後半は一気読みした。放り投げなくてよかった。最後の数行を読み終えると感無量。 The History of Love、つまり「愛の歴史」なんだけど、ここにはいろんな形の愛が描かれていて、その愛はみなどこか行き場を失っている。 戦争で人生もろとももみくちゃにされた愛。愛する人を失った愛。愛する人に自分がこの世に存在しているということが知られていない愛。素直になれず本心とは裏腹な言葉に翻弄される愛。気持ちを言葉にできない愛。愛ゆえに苦悩する相手の心に踏み込めない愛。愛ゆえの秘密や事実隠蔽。いろんな形の愛に溢れた話なのに、登場人物はみな愛の着地点を探している。 主人公は諦めの境地にいるけれど、実は諦め切っているわけではないので、長い長いお話となり、最後に、本当に最後の数行で着地する。 こんなに長い間、話に振り回されても、この数行を読めば「生きていてよかった」と心から思える(そう私は思った)。 そしてこの「愛の歴史」をつないでいくのが「翻訳」だった! ++++ 「文学ラブ」があちこちに散りばめられているのがちょっとうっとおしかった。それが挫折しかけた原因のひとつでもある。

ロンドン日記 その17(ST IVES)

セント・アイブスからの帰路は寝台列車。これも旅の目玉。眠りが浅い人にはお勧めはできないけれど、私の場合、「寝台」という言葉の響きにノスタルジーを感じてしまう。 出発時間は夜の10時。小さなセント・アイブスの町はもう歩きつ尽くした感じだし、一人だし、どうやって時間を潰すかが課題となり、映画館でヒュー・グラントとマリサ・トメイの「The Rewrite」を観た。私はマリサ・トメイがとても好き。ワーキングクラスのワーキング・シングル・マザー役がよく似合う。ヒュー・グラントがミッドライフ・クライシスに陥るのだけど、それを救うのが彼女。「人生、もう一花咲かせたい」という男の欲望の炎を鎮火させるのである。ヒュー・グラントっていい具合に映画とともに年を重ねているね。アクション・スターじゃないから無理しなくていいからなんだろうけど。二人ともスマホや紙に目を通すときの「距離感」に現実味があって面白かった。 人影のないセント・アイブスの夜 さて待ちに待った寝台。セント・アースから乗るのだけど(セント・アースは途中駅)、E号車はどの辺に止まるのだろうか、と駅ホームをうろついていたら、列車がホームに入ってきたときに、電車の窓から顔を出して私の名を呼ぶ人がいる!乗務員だった。長閑だ。 セント・アースの駅ホーム 寝台料金を払えば個室に入れる。それを払わなければ普通の座席で座ったまま寝る。私は個室。一番高い部屋にはテレビがあるらしいが、WiFiがあるしデータプランにも入っているから、普通の個室で十分。乗務員がやってきて「朝食は何時に運びましょうか?パディントン駅到着は午前5時19分だけど」と聞いてくる。早い…「じゃあ…午前5時…」と言うと、「早起きねー。乗り継ぎあるの?ないならもっとゆっくりすれば?」「列車が到着しても乗ってていいの?」「寝ててもいいのよ。パディントン駅でシャワー浴びていけば?」「シャワーは浴びないけど、寝ててもいいの?」 遊びすぎて仕事も溜まっているし「じゃあ6時」と指定。どれぐらいまで寝ててもいいのか聞くのを忘れたけど、6時でも「早起きなのね」と言われた。寝台なだけに夜まで発車しないのかしら。 シーツ類はきれいだしコットン100%。ベッドが窓に対して直角にしつらえられているため、ガタガタゆれるたびにベッドから落っこちそうな錯覚に陥る。窓を開けても真っ暗闇。そして激しい雨。寝酒をひっかけるために食堂車にはお酒があるらしいが面倒だから行かない。疲れているから眠れそうだけど興奮と揺れで眠れない。本を読み始めたら、話にのめり込み、結局長い間ずっと起きていた。静かだなと思っていたら、パディントン駅にいつの間にか到着していて、起きたら5時半。周囲はまだまだ寝ている様子。窓を開けて駅構内を見回すと、マクドナルドなんかもまだ閉まっていて、ちょっと不思議。 朝食はクロワッサンにインスタントコーヒーにジャムとバターと質素だけど、ちゃんとトレーにのせて運ばれてきた。それを食べて、ぐずぐずしていたらもう7時!朝の通勤ラッシュの始まったところだった。徒歩で家に帰って仮眠。疲れたけど寝台はやっぱり楽しい。 最後にもう一枚、セント・アイブスの浜辺の写真

ロンドン日記 その16(ST IVES)

セント・アイブス訪問の目玉は「リーチ・ポタリー」という窯を見に行くこと。陶芸なんてしないのにどうして窯を見たいのだろう。アニメオタクがただeBayで欲しいものを競り落としているよりは、アニメの祭典に出掛けていって何か買うほうが楽しいのと基本は同じだと思う。 イギリスの陶器といっても、ウェッジウッドとかロイヤルドルトンとか雅やかで繊細な陶磁器ではなくて(そういうのも素敵だが)、私が好きなのは素朴な陶器。 周囲の工芸好きな人たちに「セント・アイブス(コーンウォール)に行くんだ」と告げると、「いいなぁ、いろんな工芸品があるよね、あの辺は」と羨ましがられた。工芸が盛んなところらしい。二十世紀以降のイギリスの現代工芸品ならばと、ファーンハム(Farnham)という町にある Craft Study Centre を勧められた。行ってないけど。 とりあえず、集めた情報をここに記録しておこう。 Farnham Craft Study Centre: http://www.csc.ucreative.ac.uk/ Ceramike(とても情報が充実しているサイト): http://www.ceramike.com/index.htm Leach Pottery: http://www.leachpottery.com/ Winchcombe Pottery: http://www.winchcombepottery.co.uk/(ここも勧められたが行かなかった) Victoria and Albert Museum: http://www.vam.ac.uk/ バーナード・リーチの作品はロンドンのV&Aの陶磁器フロアにも展示されている。イギリスの陶芸の歴史を語るには重要ってことか。 電車で行って思ったが、セント・アイブスの町にはギャラリーはあっても、そこに工房を構えて何かを作っている人は少ない。周辺にあるもっと地味な町に工房は点在。目的が工芸品を見ることなら車のほうがいいかもね。さて、それは今後の教訓として心の奥にしまっておき、「リーチ・ポタリー」について。 ここはバーナード・リーチが仲間と開いた窯。日本の民芸運動に深い関わりのある彼が亡くなるまで住んでいたのがセント・アイブス。去年訪ねた島根の窯元でも何度も彼の名を耳にし目にし、彼のデザインした陶器が綿々と作られているのだから、その影響力は偉大。今は財団によって窯は運営されていて、工房、ギャラリー、ショップが一緒になっている。彼の奥さんや息子や工房の仲間の作品も多く展示され、彼のスケッチや詩、彼がデザインした家具もある。かなりのマルチタレントぶりである。展示の一部の、バーナード・リーチ本人のナレーションによるビデオ(16mmフィルムからの復刻)を観ていて「英国人だなあ」と思った。当たり前だが。そしてちょっと川喜多半泥子に似ている。英国人だけど。展示スペースとしての工房には、当時本人が使っていた道具や椅子やテーブルが展示されている。こういうの見ると身近に感じる。 工房では今もいろんな陶芸作家が仕事をしているし、ショップには何らかの形でこの工房と関わりを持った陶芸作家たちの作品が買える。「定番」としてバーナード・リーチのデザインの食器類も買える。こういうものからの売り上げで、この窯を維持しているのかも。町の陶芸家に聞けば、昔は美しい庭も窯の横にあったらしいが、それは今はない。この日は工房で実際に仕事をしているところを見せてくれる日ではなかったけれど、それでも見るものは多い。とても楽しかった。 セント・アイブスにあるギャラリーをチラチラと見たけど、そんなにピンとくるものはなくて、残念に思っていたところ、Fish Pi Potteryを発見。店が可愛い!店舗兼工房で狭いけど、ディスプレイが可愛い。ガツガツしてないところが素敵!(陶芸家と長々とおしゃべりした) 戦利品 おまけ パスティというコーンウォール地方の食べ物。外側がサクサクのパイ生地で中はジャガイモ、チーズ、肉などいろいろ。デカイので一人では全部食べ切れなかった。セント・アイブスの町のそこらじゅうで売られているが、やっぱり焼きたてを出してくれるところを探していった。 セント・アイブスでもマトリョーシカを売っている店を見つけてしまった。もちろん見たけど全然かわいくないものばかりだったので、何も買わなかった。ある意味ほっとした。 寝台列車のことになかなか行き着かないなぁ。

ロンドン日記 その15(ST IVES)

セント・アイブス (St. Ives) という、グレート・ブリテン島のイングランドの部分の南西に突き出した半島の先端にある小さな町へ一人旅。ロンドンからはパディントン駅からセント・アースまで行き、一回乗り換え。電車で数時間かかる。セント・アースからセント・アイブスまでは約10分の道のりだけど、潟というのか湿地帯の横に線路が敷かれているので景色が面白い。 セント・アイブスはイギリスに長期滞在するなら是非訪ねてみたいと思っていた場所なので、ニット・ナイトのときに「行こうと思ってるんだなぁ」と言っていたら、誰かが「寝台特急があるよ」という。これで一気に気持ちが盛り上がる。何でも一応は口に出してみるもんだね。いろいろ考えて帰路を寝台にした。往路は景色を楽しむため昼間に出発。この日は大雨に見舞われ、悪天候に突っ込むかたちで旅に出た。しかし、セント・アイブスに着いた翌朝は快晴!滞在中も寝ている時間に雨が激しく降り、私が出掛ける頃には晴れ上がっていた。私はやはり雨女ではないのかも。 ロンドンもいいけど、来てみてよかった。日本でもTOKYOと地方の小さな町とでは生活が違うのと同じで、ここも夏だけ賑わう、のんびりした町だった。10月半ばとあってシーズン最後。老人が多かったけど、この町は坂道が多いので平らなところで彼らはのんびりと海を眺めている。坂の上、丘の上に行けばほとんど人はいない。 セント・アイブスは、カリフォルニアのモントレーに似ている。砂浜あり、岩場あり、崖もあり。春先には崖にピンクの花が咲き乱れるというから、ますますモントレーのよう。砂浜はかなり遠浅のようで、引潮のときには驚くほど波打ち際が遠ざかる。午前中は港だったところが午後には砂浜になっていて、その上に小船がゴロゴロ。 町は全体的に小高い丘の上にあり、町並みはとても美しい。細い路地を歩けばどこからともなく潮の香りが漂ってくる。見晴らしのいい場所に行けば、見えないけど海の向こうにはアイルランドがあるんだな、なんて思うと胸がきゅんとする。 しかし三日もブラついていれば丘に並ぶ素敵なコテージはみな夏の休暇用の「賃貸物件」だと気付いて旅情がやや冷める。既に夏は過ぎ去っているので、コテージに人が住んでいる様子はない。なんだぁ… 夢の世界のお姫様のドレスの下から、キツネの尻尾が出ているのを見てしまったかのような気持ちに少しだけなる。ここは騙されておくことにしよう。三日だけだし。 宿泊先のゲスト・ハウスは丘の上。急な坂を登らなければならないけど、丘の上に立てばとても素敵な海の景色が待っているし静か。(サンフランシスコに住んでいたことのある人には大したことない坂道)そしてこの丘をさらに登ったところに、バーナード・リーチが仲間と開いた「リーチ・ポタリー」という窯がある。セント・アイブスは、日本の民芸運動に深い関わりのあるバーナード・リーチが亡くなるまで住んでいた町。去年訪ねた島根の諸々の窯元も彼の指導を受けている。民芸運動について本を読んだり、人から話を聞くのが好きな私は、これがこの町訪問の目玉だった。でもこれについてはまた後で書こう。 一人でよかったと思ったこと 1 朝の海岸を散歩したこと。私は朝の海が一番好きだね。 2 好きなところで好きなように写真が撮れたこと。 3 セント・アイブス産のカニを一パイ、丸ごと一人で食べたこと。相方の目の前で、カニの手足をバキバキ折って、カニミソをなめたりすると嫌がられること間違いなし。私は「骨付きの肉は怖くて食べられない」と言っているのに、シーフードとなると別なので「ダブルスタンダードな女」と非難を浴びる。だからカニを一人で食べたことはとてもラッキーだった。セント・アイブス産のムール貝の酒蒸を前菜で食べていたため、カニを全部食べ切ることができなかったのが悔やまれる。カニよりムール貝が美味だと私は思った。セント・アイブス産のアジもおいしかった。ソースが選べる店だったけど、日本食に飢えていた私は「塩焼き!」で注文。塩焼きにしてもイギリスだと塩が足りないことが多いので、余分に塩をもらって食べた。ちゃんと皮をパリっと焼いてくれた。さすがは海の町! 4 地元民とざっくばらんにどうでもいいような軽い話で盛り上がれたこと。とあるカフェでは私しか客がいなかったため、お店の人と「賞金10万ポンド」のクイズ番組(Who’s On Heart 2014)を一緒に聞いた。 5 自分の部屋でワイドショー的なテレビ番組をいろいろ見たこと。 お目当ての「リーチ・ポタリー」と寝台列車についてはまた次回。

ロンドン日記 その14

The Knitting and Stitchingというイベントの初日に行ってきた。ファイバー系のものならなんでもドーンと揃ったイベント。ファイバー・アーティストや芸大やファッション関係の学校に行っているような学生の作品展示もあるし、ワークショップ(有料)もあるし、一日じゃ足りない!!(という忠告はニット仲間から受けていたが) いきなり、あみぐるみ池に迎えられた。 最初の三十分間はうれしくてうれしくて、早くいろんなものが見たいと足がもつれそうだった。感動のあまりに鳥肌がたった。だって、ニットだけでも北米にはないUK、アイスランド、北欧の有名ブランドから聞いたことのない地元モノまでズラっと揃ってる。本場の美しいシェットランドウール、ツイードなど盛りだくさん。「どこの羊毛?」と聞けば、「イギリスのどこそこの農場の、ナントカカントカ種の羊」などと、具体的すぎて話についていけない。そうかと思えば、激安で古いシーズンの半端糸が山のように積み上げてある。 もう目の瞳孔が開きっ放し、財布の紐も緩みっ放し。 それに加え、面白い布地、型紙、刺繍に使ういろんな色の糸、針、ハサミ、フェルト、ビーズ、染料、道具、キットが売っていて、あちこちで手芸を実演している。出来上がった作品も買える。原毛もあれば繭玉もある。ミシンも、糸つむぎ機も、拡大鏡も、収納ケースさえあった。 できることなら200年ぐらい長生きして、全部やってみたい!これ以上、手芸の趣味を増やしてはいかん、と自分を叱ろうとしたが、叱ってくれるはずのもう一人の自分は留守だった… いつのまにかカバンがいっぱい。なぜ私は家を出るときにこんな大きなカバンを持って出たのだろう。 スコットランドのサンカのとても伝統的なデザインの手袋キットを買った。サンカは昔「毛糸だま」の特集で見て「ふうん」と思っただけなのに、見たら編んでみたくなった(その場では)。 出来上がりはこんなかんじ そしてラトビアの伝統的な手袋のキット。このキットはパッケージも超かわいかった。毛糸の配色だけみると、レゲエ帽子が編めそうだが。ラトビアの中でも配色が派手なのは西のほうなのだとか。東のほうは白と黒に赤がちょっと、というようなものが多いらしい。このキットは飛ぶように売れていた。 そして、そして、クロスステッチによく似たビーズステッチ?この「クリスマス・プディング」がイギリスっぽいモチーフ。ひとつだけじゃ面白くないと三つ買う(ラドルフとロビン)。 可愛いハサミを見つけ、パターン(型紙)も見つけた。この店はおしゃれだった。 リバティ・コットンにも惹かれたけど、フランスのこの布も気に入った!さっき買ったパターンを見せて、布を買う。「個性的でいいんじゃない?」的なことをフランス語で言われる。赤頭巾ちゃんなどの話をシーンごとにプリントした素晴らしい布があり、それを適当にアレンジして、キルトの絵本だとか、赤ちゃんグッズが作れる。妹に赤ちゃんが生まれたのでもちろんこれも買う。 すぐにでも作り始めたいけど、今年は大移動の年なため、なかなか難しい。こういうとき移動中だとイライラするな。刺繍ならできるけど。 目にした展示品をいろいろ。 これは刺繍 刺繍と絵 これも刺繍 http://www.theknittingandstitchingshow.com/london/

ロンドン日記 その13

コンピューターの専門家三人とブレッチリー・パークに行ってきた。このメンバーで行けば、私だけが話についていけなくなることは火を見るより明らかなので、事前にウィキペディアを読み、和英の単語帳を作って準備していった。まるで仕事に行くような準備ぶり。面白かったけど、もう頭がいっぱいで最後は頭痛が… 博物館に入るなり、こんな戦時中のポスターが… 戦場で戦っているイギリス兵に靴下を編んであげよう、という呼びかけ。日本が千本針なら、イギリスはニット… そしてこの日、本当に兵士に靴下を編んだことがあるという車椅子のおばあさんに遭遇! 話は元に戻って… ブレッチリー・パークというのは、第二次世界大戦中にドイツをはじめ枢軸国の暗号解読が極秘に行われていたところ。アラン・チューリングがドイツの暗号機エニグマの設定を見つけるための機械を開発して、暗号解読に成功したのが有名。その話は多くの本が書かれ映画にもなっている。一番最近では、ベネディクト・カンバーバッチがアラン・チューリング役の『The Imitation Game』かな。一般公開はこれからだけど、今年のトロント映画祭で好評だったとのこと。もう少し前に『Enigma』という映画もあったね。見てないけど。 エニグマ機(タイプライターのようにしか見えないが) ビスマルク号撃沈に貢献したり、ノルマンディー上陸場所の決め手となる情報を提供したり、イギリスを勝利に導いた暗号解読プロジェクトだったけれど、国家機密なだけに、戦後も長い間秘密にされてきたので知らない人も多い。私は何年か前にアメリカのラジオのクイズ番組で初めて知った。「暗号解読のきっかけになったのはどれでしょう?」「ドイツ語の卑猥な言葉が暗号の中に頻繁に使われていたから」とかそんなクイズだった。博物館のマルチメディアガイドによれば、無線通信を傍受していたイギリス側の人たちは、ドイツ側の「あんまり卑猥な言葉ばっかりしゃべってちゃまずいよ!」という会話も傍受していたとのこと。 ここでは日本語の暗号解読も行われていて、コードブレーカーたちは漢字カードを作りながら日本語を勉強しながら解読に励んでいた。地味な作業だ。 そしてドイツの暗号を解読するためだけに作られた、コロッサスというコンピューターも見てきた。私にはよくわからないが、オタクたちは興奮していたぞ! コロッサス イギリスが誇るものだからさぞかし立派な施設だろうと期待して行ったら、とても地味。質素な展示なのに、コンピューター愛好家のおじいさんたちのアナログな案内が熱く、熱意が伝わってきた。 しかし、すごいことが伝わってきても、私には古いハードドライブが洗濯機にしか見えなかった。