ついに鎌倉のコケーシカへ。 マトリョーシカ図鑑を購入して以来、いつかは訪ねてみようと心に決めていたマトリョーシカとコケシの店。品数が多いというよりは、和露融合のオリジナル商品や、鎌倉限定品があることがウリ。マトリョーシカの品数なら、代官山の某店のほうが断然多い。以前もここに行こうとしたけど、家人に「一人で行って」と言われた。気持ちはわかる。独りまたは同じ感動をわかちあえる人と行くべき場所。 その前に… おいしいもの好きの友達とハウス オブ フレーバーズへ。こんな遠いところまでケーキを食べにきたのだからと、チーズケーキとチョコレートケーキと2個食べてしまった。超高級なので「どれぐらいおいしかった?」と聞かれても困るけど、「そっちはチーズケーキ、んじゃ私はマトリョーシカ」という交換条件で期待をせずに行ったのと、カフェの建物が美しかったとか、お皿がディオールだったとか、人生一度はそういうものも食べてみたいとか、近所にあるみのもんたの家を見たとか、全部ひっくるめてのことなので、うまく答えられない。ホール1万円のケーキを買っても100均のお皿に乗せてしまうと、やはり味は落ちてしまうんではないかと思ったりする。 そんな体験をした後の「コケーシカ」 マトリョーシカもコケシも盛りだくさん。マトコケなる和露折衷アイテムもある。染色した麦わらを使って模様をつけているマトリョーシカもある。派生グッズも多く、見ているだけで楽しい。散々悩んだ挙句、やはり入れ子のコケシにした。先日、神保町で買ったものとは作者も産地も木も違う。大きい外側のコケシと中に入っているものの表情がまったく違うのが面白い。よく眉間にしわを寄せている姪っ子に似ているということで、このコケシを買った。 これがウワサの!と逸る気持ちで写真を撮ったが、これは見本のプラスチックのケーキ こっちが本物 チョコレートケーキ、ブランデーの味が効いている。さすがに2個はキツイ
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The 80s Knitwear (?)
FB情報で代々木にあるカフェで面白いニットが展示されていることを知り、さっそくGO。カフェはよくある路地にある小さなカフェ。展示スペースというのはそのカフェの壁だけ。 ニットのモチーフになっているものが80年代なので同世代だろうなと思っていたらやはりそうだった。写真を見たときは三億円事件犯人がツボだったけど、実物を見ると聖子ちゃんカットの編み込みによる表現力に脱帽。聖子ちゃんの頭部がキラウエア火山の火山口から流れ出す溶岩みたい。 手編みなのか機械なのかわかりづらかったけど、聖子セーターのゴム編み部分は機械編みだった。YMOセーターなども機械。 面白い... お笑いのセンスが。ほかにもたこ八郎のマフラーもあった。 もっとよく見たい人はこちらを見てね。 私も隠居生活に入ったらこういうことをして暮らしたい。こういうものを編むかどうか別として、オリジナルニットを作ってそれを着て暮らしたい。ま、今も着ているが。 このカフェ「金魚カフェ」というんだけど、冷たい飲み物が金魚鉢に入って出てくるし、ガムシロップが徳利に入って出てきた。ちょっと度肝抜かれる。金魚鉢が中古品でなければいいなと祈りながらアイスティーを飲んだ。
スバラシイコケシ
今日はステキなコケシを見つけてしまった。大きさのわりには高額だったので悩んだものの、結局「コレクターなんだからそれぐらい買え」という友人の鶴の一声に、「そうだよな、コレクターが買わずして誰が買う?」みたいな責任感に駆られて買った。マトリョーシカとこけしの展示販売会で。マトリョーシカのルーツは日本の郷土玩具といわれているから、マトリョーシカ収集家はコケシにも手を染めることが多いようである。 このチビコケシのクレヨンしんちゃん風の子の見上げている感じがいい! あまりの精巧な職人技とお茶目な演出に「スゲバラシイ!」と叫んでしまう。これを「スバラシイコケシ」と呼ぼう。 さっそく友人たちに見せびらかす。その後、いつものバーに立ち寄り、ママさんや常連客にも見せた。バーでは「ふうん」とか、「小さいのに結構いい値段するね」とか、まあ街場の常識的な反応であった。変人扱いされなかっただけ愛に満ち溢れたバーだと言ってもいいかも。 スバラシイコケシは、中に入っている小さなコケシたちがエノキの頭ぐらいのサイズなのに、細かい縞模様や紅花模様が描かれている。一般的にマトリョーシカの一番内側に入っているチビマトリョーシカが見るも無残な大雑把さで仕上げられているのとは大違い。日本の職人技だ。 ま、ここでこの作者のことだとかを書いてみたい気もするけど、実は私は薀蓄が苦手。薀蓄はコレクターの「発見の喜び」を無惨に打ち砕いてしまう。そういう目録的な情報を「ディープな会話」などと言われてしまうと、身も蓋もない。たとえば骨董品を集めているときに、「それはXX作なので、お値打ちです」と言われたら、購買意欲が私の場合は萎えてしまう。 旅先&出先でみかけたものを「発見」し、さらにアンテナを張っていると自分が最初に買ったものよりも「もっと面白いものがある」ということをどんどん知る喜び、所有してみてはじめて身をもって知る「適正価格」という経済&金銭感覚(要はバクチ的な感覚)を心ゆくまで堪能したい。「また買ってきた」とディスる家人への対策についてあれこれと考えるめぐらせる「共同生活の綱渡り」もスリル。
つらつらと読書 3
私の古本買いはまだまだ続く… 文芸翻訳について情報収集しよっかな、と読んでみたけど、文芸翻訳の現代史というか系譜的な情報と、翻訳したい日本の小説だとか、オススメの海外小説などが羅列されているような内容。柴田元幸と高橋源一郎の対談による比較文学論だけど、対談ゆえに、グダグダした感じなので走り読み。 この二人が綿矢りさの『インストール』に収録されている『You can keep it』を絶賛していたので読んだ… 『インストール』より面白かった。実は私は小学生の頃「もらう側」のほうだったことがあり、読みながら心がチクリ。小説の中で、起動させたコンピューターにインストールされていたウェブ ブラウザが「ネットスケープ」だったので時代を感じた。仕事したことあったな、ネットスケープと。 時代を感じるといえば、『ガラスの街』の表紙には黒電話が。「電話帳」で番号を調べたところに電話をかけるというのがミソ(?)になっている話なので。私にはそういう時代の記憶も生々しく残っているから違和感なく読めるけど、去年生まれた姪っ子などは人に説明してもらわないと意味がわからないハズ。 『ガラスの街』は80年代の自信喪失気味のニューヨークの香りがムンムン。後期資本主義っぽい、希望がどこにもなさそうな、家族関係も皆無に近い、閉塞した感じが、とても好きだった。だからそういうアメリカの小説をよく読んでいた。何をしたらいいかわからなくって悩んでいた頃の自分とシンクしていたのかも。嗚呼懐かしい。いつの間にか「何をしたらいいかわからない」が「やらなければならないことが多ずぎる」に変わっているケド。そういう翻訳小説を読んでいたことが今の仕事を選んだ原点だったのかも。 最近、戸田奈津子が自叙伝みたいな本を出したけど、人に「アンタも字幕翻訳したいって若い頃に言ってたよ」と言われ、建築家になりたいと願っていたら水道配管工事ができるようになったぐらいのかんじかなと...
JUXTAPOSITION
大した意味はないのに難解そうな響きの言葉の代表。それを発する人は賢くみえるので、他人を眩惑させるのに効果を発揮する。英語だと「BIG WORD」と揶揄される。 この単語、アート&建築専門書など、芸術を語るときぐらいにしかお目にかからないし、最近は、私の偏見かもしれないけど、似非大御所的な響きを避けて平たい表現にする人が多いから見かけなかったけど、京都のお寺の英文パンフレットに出てきたー!お寺の名庭を説明するパンフに。 2つの違うものを並べているというそれだけのことなのに「JUXTAPOSITION」、ジャクスタポジション。まあでも並べることにより「おっと!」とこれまで誰も気づかなかったような効果が得られるという意味が含まれていそうな、JUXTAPOSITION。 このキツネとキノコの場合、ありがちな、パブロフの犬的な、想像力の欠如ともいえる並列なのでJUXTAPOSITIONは使えないな、きっと。 アアッ!「カワイイ」という言葉は、既視感覚に響くものを見たときにしか「カワイイ」と言えないことに今気づいた! 2015年の大発見。
つらつらと読書 2
私が古い本ばかり今読んでいるのは近所に古本屋が多いから。仕事待機中に読んでおこうという算段なのだけど、待機が長引くと「もしや?」と一抹の不安が... 「パーネ・アモーレ」 イタリア語通訳奮闘記 故米原万里の友人でもあった田丸公美子のイタリア通訳についてのエッセイ。米原さんが生まれながら文化的資産に恵まれた帰国子女なら、田丸さんは純国産。別に留学しなくても通訳・翻訳者になれることを体現している。でもはやり並々ならぬ努力家で、その道はけっこうストイック。私の語学習得の道は田丸系だから親近感。 米原さんのあとがきが最高。歯に衣着せず田丸さんをツツいているのは二人の間それだけ深い友情があったからこそ。 「暗号解読」 ブレッチリー・パークに見学に行ったときの一夜漬け予備知識が残っている間を狙って。しかし暗号解読のしくみを説明する箇所を読むと頭痛がするのですっ飛ばす。私には向いていない内容。 「蛇蝎のごとく」 正反対な性格の人間同士がもつ互いに対する非難が嫉妬に変わり(だから蛇蝎なんだけど)、最後は互いの嫉妬に向き合い落ち着く話。「なかったことにしておく」という決着を見るが、当事者たちはみな「なかったこと」を経験して大人としての渋味・深みが出ている。失敗しているのに幸福感が漂う。最近は失敗に関しては「許す・許さない」が焦点なので、謝罪が帰着点になってしまうことが多いような… 小林桂樹のあとがきが非常によかった。表紙絵が美しい。
冬の京都へ
ある件について、ちゃんと実物を見て予習したほうがいいと思い京都にやってきたら、実物見れず。何やら今の京都は年がら年中観光客が押し寄せるように仕組まれているような気がしないでもない。 八相の庭 時間が空いてしまったのでかつて住んでいた地区を歩いてみたら、いろいろと変化はあるものの、まったく変わっていないところもあって嬉しかった。昔よく通ったバーがそのままで、オーナーもそのままだった。マイケルジャクソンの往年のコンサートをスクリーンで見ながら、 「この頃のマイケル、すごくいいよね」 「いやぁ、私はお肌がもう少し黒かった頃のほうが好きですけど」 「え?なんて?」 「もう少し前のマイケルのほうが」 「あ、もう少し前のね」 当時はもっとブイブイいわせているおじさんのように見えた彼も、いいカンジに仕上がっているではないか。 混み合っているバスに乗っていたら、20歳そこそこの女の子が『七つの習慣』を読みながら熱心にメモを取っている。実は、某米国企業勤務時代にこの本に基づいたワークショップ受講が義務付けられていたので、『七つの習慣』のことは知っている。でもサラリーマンがあれを読むのとはわけが違う。あの若さで「生産性向上」について必死に読んでいる姿がとても悲しかった。夢がない。せめてこっそり隠れて読むぐらいの「恥じらい」は持っていて欲しかった。いや、そんなふうに決め付けてはいけない。私もあれぐらいの年頃には寺山修二の文庫を鞄に忍ばせていることをおしゃれに思っていたのだから。今のおしゃれはアレなのかもしれない。 同じく京都で真夜中にタクシーに乗っていたら、ジョギングする男が飛び出してきた。真夜中にジョギングというのは私も実はやったことがあるので同情の目で見ていたけど、「あの人危なーい!」と後部座席で声をあげた私に、タクシーの運転手が「ああいう人はね、スペアの命もってはりまんねん」と言う。嗚呼、私は関西にいるんだ!と改めて思った。横にいた教授が「ナンテ?」と聞いてきたので、その関西風味をお伝えしながら通訳。それに対する反応が「ノーシット」だった。文脈的にはもろ手を挙げた感じの「ほんまや!」かな。 運よく「羊パレット」なる羊毛イベントと滞在が重なり、そこでTJWK関西の講習会も開かれるので立ち寄った。今までメールでしか連絡を取り合っていなかったので対面できて本当によかった。TJWK東京の人々とは去年も今年も顔を合わせることができていたのだけど、今回うまくお互いの都合がついてよかった。 折角だからと、素敵な糸の並んでいるAVRILへ。その隣には素敵なボタンが並ぶidolaが。AVRILは量り売りだから無駄が出ないのだろうけど、値段はアメリコの糸より高いかもしれない。まあ比べること自体が間違いというぐらい、置いてある品物の路線が違う。いろいろ悩んだ末、違う糸を2本引き揃えてもらったのと、桜色というか桃色というか日本っぽいピンクのループヤーンを買った。 冬の特別拝観ということで東福寺へ。 無の庭
若き数学者のアメリカ
去年何冊か藤原正彦の本を読んだときに、周囲に薦められた本。1970年代の体験記なので多少の古さは否めないけど、異国・異文化の咀嚼と吸収に行動力と考察力の両方をフル回転させている著者がスゴイ。前半の突っ走っている箇所は面白可笑しいけど、ただの留学体験と変わらない。実は大学の教授陣の対立を描いた箇所が秀逸。 どの職場、人間関係にもいえることだと思うけど、自分の正しさを主張することは大切なんだけど、それに拘泥すると、不器用だと見なされ、最終的には協調不可能となってしまう。そういう状況の周辺にいる人たちにも腹の中の計算というものがある。突っ走るか、妥協を図るか、どの程度の妥協か、と大人の選択を自分で決めることが必要になるけど、渦中にいるときにうまくバランスをとるのは難しい。私自身にも苦い経験はいくつかあるけど、どういう結果になっても、最終的に修羅場をくぐり抜けた後に、未経験の状態の自分よりは経験した後の自分に深みは出たんではないかとは思う。あと、「アメリカ」という特殊な社会への帰着点の筆者の模索ぶりも、アメリカで長年暮らしたことがある私にはよくわかる(特に職場での)。 自分語りになってしまうけど、アメリカからカナダに引っ越したとき、アメリカに移住したときに体験した新天地に慣れるための模索をしたという前体験があるのと、英語力がアメリカ移住当時からみると飛躍的に向上しているので楽だった。ただし、藤原さんが体験したミシガンの冬のように、カナダの冬も同様の結果を私にもたらした。在カナダのフィンランド人の友人も同じことを言っていた。長い冬には要注意! 最近、MBAというのはコネを作る場である、という話を人とすることが多い(それだけではないけど)。大学側もはっきりそう謳っていることも多い。日本だと、コネという言葉から腹黒いイメージを連想することもあるし、薄っぺらなコネを豊富に持っている人のコネ自慢に辟易することもあるし、コネ作りは学問ではない(学問ではないんだけど)、とか何かと後ろ向きなイメージのあるコネ。しかし「人脈」と考えると、自分がやりたいと思っていることができそうな未踏の世界へ進むにあたり、突破口的な役目を果たすのは「人脈」。それを少しずつ積み上げていく様子も、実は克明にこの本に書いてある。
会津若松、大内宿の旅
岩を打ちつける滝の音に耳を澄まして無心になれば、竹やぶの青み、積もる雪、空を舞う雪で目を癒し、そして湯けむりの香りを楽しむことができる。 親孝行のつもりで訪ねた会津若松には真冬の雪が降り積もる。普段、異国の北国に住んでいるからこれぐらいの寒さなんてへっちゃら、と高をくくっていたら甘かった。2時間も外にいれば体が冷え、温泉がありがたい。でもビジネスホテルに慣れている私は温泉宿では落ち着かない。 ラスト・サムライの地、若松城こと鶴ヶ城と、白虎隊が自刀した飯盛山を見学し、会津若松よりさらに雪深い大内宿を訪ねるのが旅の目玉。「八重の桜」の放映終了もかなり前のことだし寒いからなのだろうけど、観光客がほとんどいない。突然地元の年配の人に話しかけられた。 「どちらから?」 「三重です」 「ほお!桑名藩。仲間じゃ!」 歴史を知らなければ難度の高い会話が繰り出され、会話は続かなかった。 司馬遼太郎が「白虎隊のことがなかったら、武士道とは何なのかわからなかったと思う」と話していた。敵に捕まる恥を嫌って自決した白虎隊。「捕まる恥」というのは日本的な考えなのかも。丁度、イスラム国による日本人人質事件が激しく報道されていたので、自己責任を声高に叫ぶ意見の中にはそういう「恥」の文化が脈々と流れているのかも、となんとなく思ってしまった。飯盛山の白虎隊自刀の地から鶴ヶ城の方向を眺めてみた。昔、某漫画を英訳したことがあるけど、それに出てくる妖怪の名前が、白虎、青龍、玄武、朱雀だったことを思い出した。 飯盛山のふもとにあるさざえ堂 - 一方通行のらせん状の不思議な建物 会津鉄道に乗り、会津若松からよりもさらに雪深い大内宿へ。車窓の景色は素晴らしい。大内宿は会津西街道沿いにあって立派な宿場町だったところが、近代化の中で山の中に取り残される形となり、江戸時代当時の姿が今も残っているというところらしい。今は道路が敷かれ、季節のよいときには大渋滞となるとなるほど人気があるが、真冬に来る人は少ない。 私はここで最近生まれた姪っ子にでんでん太鼓を買い、名前を入れてもらった。すると、達筆なおじいさんが「ちょっと待って」と言い、何やら和紙にさらさらと書いている。姪っ子の名前に因み、詩のようなものを書いてくれた。それが気取らず飾らずのストレートな言葉だったので感動した。これはボランティアであのあたりの老人が子供のために書くものらしく、「子供大切にする」ということの表れかも。閑散期に行ってよかった。 それにしても、平日ということもあったけど、日本のシニアの旅行者はこんな雪の中でも多く、みんな楽しそうだった。
マトリョータンからこけしへ
マトリョータンの中に入っていてカラカラと音を立てるものは種だろうと思っていたけど、「瓢箪から駒」かもしれない。ガンガンに振ってみたけど出てこない。 …などと思っていたら、財布の中に小さな独楽を入れていたことを思い出した。「コマ違い」だけど、これならマトリョータンの中に入る。 親孝行のため会津若松のほうまで遊びに行っていたので、こけしを探してみた。郷土玩具つながりということで。私はよく人にこけしに似ていると言われる。会津若松にはこけしは少なく、少し離れた土湯というところが有名。そこまでは日程の都合で行けなかった。 あった… 私が会津に行っている間、仙台に出張していた教授が、おみやげに「だるまみくじ」を買ってきてくれた。青葉城址の浦安宮のものなんだけど、このだるまの中に入っていたおみくじの内容があまりよくなくて、これは買った人の運なのか、もらった人の運なのか。姫だるまの顔色は血色がなく土色。おみくじが飛び出すという点ではマトリョーシカっぽいな。
