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TJWKトロントでのワークショップのお知らせ

今週末は長い週末ですね。その月曜日ですが、トロントでは久しぶりのTJWKイベントをやります。今回はTJWKモチーフを使った可愛らしいポシェットのワークショップです。 モチーフはもう編んであるので、これを2枚つなげてポシェットを作ります。かぎ針編みを少しかじったことがある人なら30分もあればできます。まったくの初心者でも簡単に作れます。時間が足りなくて完成できなかったら、ご自宅に持ち帰っていただいて完成させてみてください。 やってみたいけど当日は時間がない!という方にはキットを用意しています。パッケージが可愛いので贈り物にしてもいいですよ。キットにはかぎ針は入ってないけど。 さらに完成品のポシェットもあります!一般的なサイズのスマホなら入るサイズです。 TJWK東京から分けてもらったモチーフも使います。 TJWKのクッションカバーも少しだけ持って行きます。 このイベントには子育て中のママさんたちが不用品を交換しあったりするコーナーやら、クラフトや美容のワークショップもあるようなので、子連れで楽しめるイベントみたいです。編み物に興味あるお子様も是非TJWKのブースに立ち寄ってみてね。 お待ちしてマース! Mom-to-Mom Spring Sale (Hidamari Bazzar) 5/18 (Monday), 11am to 3pm @TKMT Uptown 1992 Yonge Street, Toronto, Ontario (Near Davisville) https://goo.gl/maps/JvzGd

さとり世代

「盗んだバイクで走り出さない若者」… バブル時代に青春を謳歌した若者だってそんなふうには走り出さないとは思うけど、さとり(ゆとり)世代に対するイメージなんだろうな。逆に、金八先生を観て、尾崎豊の曲を聴いて(?)、煽られて育ってしまったバブル期の若者には、後先考えずに走り出してしまう猪突猛進のイメージがあるのかしらん。 後半のバブル vs さとりの議論が可笑しかったな。私はバブルが苦手だったから、さとりの子たちに「意味わかんない」と猛烈に批判されているのを読んで、さとり世代に同調したし。「意識高い系の人」ってのはさとり世代だとNPOで働くのね?バブル世代だとMBA取得のため海外留学だったような気がする。 とあるバーでさとり世代の男女がスマホを見ながらごにょごにょと話している声が聞こえてきて、「XXの映画を観たほうがいいと思うけど、その前に予備知識をつけておきたいからYYさんの本を何冊か読まないと」という話だった。直感でパーっと食いついたりしないのかな、とものすごく気になったけど、すごく秀才タイプのように見受けたので、私のように動物的嗅覚で根拠も何もなく何かをやってみようとは思わないのかも。ところが、真相は、自分は意外にもうまくいったことばかりを覚えていて、己の直感を信じ勝ちだけど、家人に言わせれば「うまくいっていったことは稀で失敗のほうが断然多い」らしい。それがバブル世代というものなのだろうか。 面白かったけど、やっぱり、さとり世代より、近年の中国の新興富裕層のほうが消費行動やファッションを見て経験的に理解できてしまう。

RURIKO

前半3分の1は背景描写がつまらなかったけど、後半、ルリコとひばり、ルリコとアキラなどなど、会話だけになったあたりからちょっとだけ面白くなった。裕次郎危篤、美空ひばり入院など、ワイドショーネタも記憶に残っているし。暴露本ほどでもないけど「今だから話しちゃう!」みたいな話だと林真理子の筆が光りだすのだろうか。 途中、アフリカロケ中のルリコが暇をもてあまして、毛糸を買って細編みでマフラーを作ろうとして、「編んであげるべき人」と「実際に編んであげたい人」が違う… と自分の本心に今更ながらに気づいてしまうシーンがあった。編み物を始めた動機に「好きな人への贈り物を編もうとした」というのはよくある話。しかし、毛糸のコストと手間ヒマがかかるため、編んでいる間に恋が冷めるんだと思う。冷めた恋はニットじゃ温まらないしね。 「ナゼ、ワタシハ、コイツノタメニ、コンナコトヲ、シテイルノカ」 編み物にのめりこんでいる人々には冷ややかな人が多いしな。直情型というのは少ない気がする(やっぱりそんなことないか) あ、ルリコの話なんだった。 結構自由にいろんなオトコと恋愛してきた人なのね。ふーん、大人な感じでいいわ。ルリコのおかげで裕次郎が光って見えて、石坂浩二がダメダメに見える話。やっぱりルリコが語る芸能界裏話のように読める。

Loop in London

古い話だけど… ロンドンにある「Loop」という毛糸屋を勧められたので、長逗留の間に行ってみた。小さくて可愛らしい店だけど、イングランドの羊毛がたくさん置いてあった。せっかくだから輸出されなさそうなローカルな毛糸を見たいもんだわ、と思っていたので満喫。でもタグを紛失し、もはやどこの人が作った毛糸かわからない。ブルーフェイスド・レスターという寒地に生息する羊の毛糸ということだけ覚えてる。 染めがオシャレだったのでものすごく血迷ったけど、インディゴっぽいのにした。糸の光沢もほどよくてグッド。2カセしか買わなかったから、カナダだとこれじゃあ寒いよね、という箸にも棒にもひっかからない大きさの三角ストールが出来てしまった。 もっと素敵なボディを買えばよかったと後悔していたけど、最近サイボーグっぽいこのボディが気に入ってきた。クローゼットがいっぱいになってくると、このサイボーグが重ね着してくれるしさ。 この店の場所がカムデン・パッセージというアンティーキングするには楽しいところだったので、財布の紐はなるべくしっかりと締めておかないと危険なトコ。 http://www.loopknitting.com/index.html

針女

「はりおんな」じゃないよ。 「しんみょう」と読むのよ。妖怪の一種じゃないの。ホラ、著者が有吉佐和子先生だからさ。知らなかったけどこれも戦争がテーマ。でも戦場の話ではなく銃後にいる人々の話。 戦時中の東京の下町で、縫い針を踏んづけてしまって片足が不具になり、悲しみに心を打ち砕かれそうになっても、戦争挟んで手縫いからミシンへ、和裁から洋裁へと、ただひたすら縫い物をする女が主人公。 なんかわかるな。手を動かしているととりあえず安心するから。難しいことをやっていなければ、頭は冴えてるから、いろいろ考えを整理できるしね。編み物だってそうだし。 針を踏んづけると体内で針は進んでしまうのかしら。ありえない気がする。調べてみたけどわからない。ま、そういうことにしておこう。この小説の中ではそうなってしまうんだから。 話後半の終戦を迎えた後の喪失感が怖い。前線で血を流し倒れていく人々の描写はないけど、銃後を守った人たちや、復員兵の喪失感が描かれている。精神に異常をきたしてしまう人もいれば、新しいものへと適応し立ち向かえる逞しい人たちもいる。その新しいものへの挑戦が、和裁の平面裁断から洋裁の立体裁断だったりするので、手芸好きには合点がいくけど、そうでなければ地味すぎてわかりにくいかも。 でも私が最近調べていることにわりとぴったんこな話だった。

STRIPE STRIPE STRIPE

長旅のためほぼ編み物は休止していたけど、ロンドン滞在中にちょこちょこと編んでいたチュニックを完成させた。 元の編み図ではフード付きだったのを面倒なので普通の襟に変えた結果、襟元の開き具合が気に入った。 写真ではコントラストがはっきりしているけど、かなりのダークグレーと黒のストライプ。日陰や室内にいるとストライプだとはわかりづらい。「コントラストがはっきりしてないストライプのほうが面白い」と思ってやってみたけど、ロンドンのアパートは自然光が入らず、照明も悪くて、黒とダークグレーを2段ごとに編み換えるのは至難の業だった。 結果、何度も編み直し。ただただまっすぐのメリヤスだけなので単純ではあったけど。 渋谷のラドログリーでかわいいワッペンを買い、それをまず赤いフェルトの上に付けてから、チュニックに縫い付けた。かわいいかと思ったけど、刺しゅうワッペンなのでテカッている。ニットには羊毛刺繍ワッペンのほうがいいかも。とりあえず、実験としてそのままつけておくけど、イヤになったら外そう。 編み物と関係ないけど… BL漫画。人が貸してくれた。嗚呼面白い!これに大人のおもちゃがあれば完璧、などと熟女は思う。普通の男女の寝物語はつまらないのに、BLだと結構イケル。BLって女の妄想を男色に重ねたということなのかしら。「非日常性」が女のココロをぐっと掴んでいる。ベルバラっぽい設定もよかったな。

いまなぜ青山二郎なのか

読書仲間というのは痒いところに手の届くとても有難い存在。「XXのようなことについて知りたい」と口走ると、「あれは読んだ?」「貸してあげようか?」と的確に囁いてくれる。 久しぶりの白洲正子。一頃好んで読み、彼女の鶴川の自宅(武相荘)にも訪ねていったことがある。別に青山二郎について調べていたわけじゃない。白洲さんと青山さんの周辺にいた「ファムファタル」について知りたかった。 今、若年期に戦争を体験した日本女性についての本を漁っている。ほとんどが女流作家だとか、読者が女性が圧倒的に多いという女性作家が、そういう人について書いている。なんかいいのがあったら教えてくださいませ。 骨董集めというと、やっぱり欲が渦巻いていると思うけど、ビンテージもの集めというと欲の深さも可愛い気がする。自分を慰めているだけなんだけどな。タダの思い込みだろうか。

ダブリ

写真後方のおばあさん付きブーツの形の家が何箇所か欠けているので、「同じものを見かけたら買おう」と思っていたところ、長旅のせいで記憶が微かにたなびいていた中の衝動買いミス。 まさに痛恨のダブリ といっても同じサイズの編み針を何度も買ってしまうのと同じぐらいの痛さ しかし、元々がオマケの品だから、作りが大雑把。だから同じといえども色の入り方が違う。土台のグリーンの入り方とか、屋根の色。

私という病

トロントに戻ってきたら本好きの友人の間で回っていたので、遅ればせながら私も読んだ。 中村うさぎの買い物依存症や整形そしてホストにはまったときのエッセイをいくつか読んで「面白い!」と片腹押さえて 笑っていたけど、マツコとの往復書簡を読んでいて私は笑っていていいんだかどうかと思い始め、面倒臭いなと感じて、しばらく何も読まなかった。 本書で彼女が書き綴っていることは笑えない。鶴の恩返しの鶴が自分の羽を抜きながら布を織るように、彼女も心血そそいで書いているから。私は中村うさぎについて誤解していた。私と同じような戸惑いについて、この本の解説で伏見憲明が書いていた。

人間そっくり、とその他

ずっと前に友達に「こっそりと忍ばせておいたんだけど気づいた?」と言われるまで、実はすっかり忘れていたこの本。SFはあまり好きじゃない。たまーに読むけど。ネットでは「SFが苦手なのに友人に勧められて読んだ」などと言っている人が多い印象を受けたので、初級編なのかな。確かに、見ただけで読む気が失せる難しい宇宙用語(?)とか、高度なサイエンスの概念が少なめだった。にもかかわらず、3分の2を読み終えたあたりで漸く「面白いかも」と思い始め、やっぱりエンジンがかかるのが遅かった。安部公房は嫌いじゃない。箱男とか、砂の女とか、好きだもん。 「俺のことを地球人だと思っているだろうが、実は火星人だ」などというのは、サンフランシスコの市バスに乗り合わせたオシッコ臭いクレイジーなおじさんが言いそうなこと。彼らは独り言だけど大声で言う。乗り合わせてしまった運のつきで、黙って聞いているうちに「確かにコイツは火星人かも…」と思ったりする。なんかそういうニオイの漂う話だった。...と書いているうちにサンフランシスコが懐かしくなり、帰りたくなった。 誰にも証明できず、堂々巡りの会話になってしまうのは、「神様がいると信じているかどうか」などという会話にありがち。「私は男にモテるのよ!」と信じて疑わない女に、反証してみせて自信をメッタ切りするか、心ならずも「そうなんですねぇ。すごいでずねぇ」と肯定するかは、「モテる」という発言を、馬鹿馬鹿しくても「公理」として受け止められる懐の深さにかかっているような気がしないでもない。訂正癖のある人には辛いだろうね。SF小説というより「ドツボにはまってしまった人の話」のような気がした… これを読んでいるうち、米原万里さんの東京の家(彼女が鎌倉にペレストロイカ御殿を建てる前の家だと思う)は、結構私の東京滞在先の近くであることを知った。ま、それだけの話だが、彼女の著作のファンなので、テンションは上がった。でも、これは軽ーいはずのペットネタがちょっと重めなので疲れた。