リハビリ病院に来るまで、救急病院を2件たらい回しにあった。私などよりずっと重篤の患者に比べれば大したことではないけど、普段病気とは無縁の私にはショックだったので記録したい。 救急病院2件目 最初に担ぎ込まれた病院では心休まらず、自分は一体この先どうなるのか最悪の事態なども考えつつ鎮痛剤でウトウトしていた。ふと目を開けると、すごくかっこいい救急隊員のお兄さんが私の顔を覗き込み、「これから別の病院に搬送するよ」と言う。そういえば、医者に「XX病院の骨の専門医に診てもらうからね」と言われていたのだった。ところが、その病院に空きベッドが出るまで8時間かかり、私は夢の中にいたのだった。 一口にかっこいいと言っても主観的なので例をあげると、若い頃の毛がふさふさしていた頃のウィリアム王子ぐらい。救急隊員は2人1組なので、もう一人は、看護師と書類のやり取りなど事務的なこともやるし、救急車の運転をしていた(と思う)。したがって、ウィリアム王子似の人は私と一緒に救急車後部に乗り込んだ。「大丈夫?」と声を掛けられ、私は「うん、大丈夫」と答えた。カナダで救急車に初めて乗った私は、ウィリアム王子から救急車内部の説明をしてもらった。手を取り合い、愛を語れなかったのが残念でならない。 が、2件目の救急病院でも、簡易救急ベッドに寝かされた。通路ではないが、ロビーの一部を区切ってベッドを置いている感じ。その前には救急隊員が大勢たむろっていた。聞けば、病人を搬送している間、病人の命を預かるのは救急隊なので、病院側が患者受入のサインをするまでは待機しなければならないそうだ。ま、当たり前だが、そっかー!である。最近、医療現場で働く人達のこういう隙間時間を批判する政治家がいるが、そういう政治家には絶対投票しない、と誓った(批判する対象が間違っているから)。 看護師や救急隊員に、「今日はメープルリーフスのプレイオフゲームがなくて、君は本当にラッキーだよ」と言われた。ホームゲームがあると、酔っぱらって怪我をする人が激増するので、救急病院は大変なのだそうだ。それでも、この日、この病院はほぼパンク状態のように見えた。私が運び込まれたときもかなり殺気立っていた。これが彼らの日常なのだろうか。 若い患者もいるが、やはり老人の骨折患者が多い。看護師から気をつけるべきことを言われても覚えられないし、言われたとおりできない。そのうち、彼らの分を私が覚えてしまったぐらいだ。私はつくづく自分が情報処理型の人間でよかったと思った。直情型の人は怒りをぶちまけ大変そうである。 この病院で私にとっての大問題はスマホの電源確保だった。連れにお願いしてある程度充電してもらったが、スマホがないと、ユーチューブ見たり音楽聞いたり、気晴らしができない。搬送されるときも、ベッド乗せ換えのときも、激痛が走り、あまりの激痛に吐き気さえする。トイレに行くのも怖く、できるだけ水をちびちび飲みながら耐えていた。しかし、向かいにいる重篤そうな患者が、薬と相性が合わず悶え苦しんでいるので、私などまだまだましだ。 一晩明け、やっと医者が来た。手術はしなくていいけど、リハビリして歩くしか治療方法がないから、と言われた。他に話すこともなく、カルロス・ゴーン再逮捕の話になり「君は日本人だよね? ゴーンはどうなるんだろうね?」と訊かれた。「日本では起訴されたら99%有罪になるから、彼も必死ですよ」と答えた。はっきり言って、ゴーンのことなんてどうでもいい。 まだまだ続く……
Category: 雑記
転倒事件その2
今私はリハビリ病院にいるが、ここに搬送されるまで、救急病院を2件回り、それぞれ1泊した。ちなみに、私は病院に文句を言うつもりで書いてるわけじゃない。 最初に運び込まれた救急病院1 夜11時ぐらいに運び込まれたが、通路の急患用ベッドが空いており、そこに一晩寝かされた。ベッドがあっただけラッキーなのかもしれない。何やら、私の症状などより深刻な患者さんが運び込まれたらしく、待たされる。レントゲンはともかく、CTスキャンは明け方5時か6時にやってもらったので、憔悴した連れに一度帰宅して休んでもらうことに。看護師がやってきて、「いろんな人がうろうろ歩いているから、自分の荷物は自分でガードしてね」と言われ、カバンなどもろもろの荷物を抱きかかえて寝る。ほかの患者の雄叫びが聞こえるけど、鎮痛剤のおかげでウトウトはできた。 午前8時頃、「10段階で言うとあなたの痛みは何段階?」と聞かれ、返答に困る。「寝ているだけなら5かな。動かすと10」と答えた。この時点で、医者から腰骨にひびが1か所入っていると告げられていた。ひとつ前のベッドで寝ている頭にスカーフを巻いたおばあさんが時々、こっちをじっと見つめ何語かわからない言葉でつぶやいている。絶対呪いをかけられたと思う。 しばらくし、「もうあなたは帰宅できます。歩いて帰れるわよ。誰かに迎えに来てもらって」と告げられる。「痛すぎてベッドから降りられないから無理」と訴えると、「でも大丈夫よ、補助してあげるから」と言われ、真っ青になる。「最低でも松葉杖がないと歩けない」とごねると、「松葉杖は有料だけど、いい?」と言って、松葉杖、処方箋などを持ってきた。「ほかの患者さんにベッドを譲らないといけないの?」と尋ねると、看護師はうなずいた。 ものすごくざっくりと松葉杖の使い方の説明を受け、ベッドから降りようとした瞬間激痛が走り、フラフラになる。10歩ぐらい歩いたところで、断末魔の叫びと共に倒れかけたところ、2人の看護師に抱えられた。どこからともなく医者が走ってきて、「あー!その人はまだ退院は無理だよ!ヒビが3か所に入ってるから!」 車椅子に乗せられ、ベッドに舞い戻った。でも私は人間不信に陥ったワンコになっていた。「私がいいって言うまで、ベッドに乗せないで!しばらく放っておいて!」と渾身の力を込めて言った(つもり)。 まだまだ続く…
転倒事件その1
つい最近、転んだ。そしてちょっと大事になった。 ある食事会に行き、その反省会(飲みなおし)のため、パブに行った。ビールを一杯飲んだところで、そろそろ帰ろう、でもまずトイレに寄ってから、と思い立ち上がった。その店のトイレは2階にあり、客は2階には入れていないのでほぼ真っ暗なのだが、2階フロアに入るときにちょっと段差がある。「足元に注意」という注意書きもある。でもよく知っている店だったので過信した。 その日私はハイヒールを履いていた。 が、すべてが悪い方向に向かって、私は段差を踏み外して転倒。突然だったので手で防御する暇もなかった。22年前、コンクリートの道を歩いていて梱包用テープに足が絡まって倒れこんだことがあるが、あのときは打ち身だけで済んだ。あの頃は体も相当丈夫だったのだと思う。 誰もいない薄暗い2階の床に転がったまま、「ヘルプミー!ヘルプミー!」と叫んでいたが、誰も来ない。誰かが来ても、黒い服を着て暗い床に倒れているので人に踏まれる可能性が高い。ずるずると這いずって階段まで行くと、やっと連れや店の人が気づいてくれた。 店の人は慌てふためき、「大丈夫か!?」と声を掛け、それはそれは親切にタクシーを呼んでくれたり、タクシーに私を乗せたりするのを手伝ってくれたが、それも私が去るまでのこと...... もし、今後私が足を引きずりながら店に来たら、警戒するに違いない。 そして私は救急病院に運び込まれ、受け入れてもらった。 しかしレントゲンとCTを撮るまでに数時間が経過。そもそも私はトイレに行こうとして転倒したので、膀胱が限界に達していた。連れに介助されながらのトイレはまだまだ先だと思っていたら、その日は意外に早くやってきた。「見ないで見ないで!」の大騒ぎで終了。気持ちはすっかり、映画『バベル』のケイト・ブランシェットであった。
TESLA
久々にウーバーの相乗りサービスを使った。相乗りだと途中でいろんな人が乗り降りするので目的地になかなか辿り着かないので、時間に余裕があるときしか使わない。でもこの日は時間に余裕があったので乗った。 たまたま助手席に乗ったところ、運転手がウルグアイ出身のおしゃべり好きな人だったので、40分の間にいろんなことを話した。サッカー、極真空手、ウルグアイの牛について話した後、交流電気方式を発明した二コラ・テスラにまで話題が及んだ。おじさんは結構博識だったのだ。 電気自動車会社の「テスラ」は、この二コラ・テスラにちなんでつけられているのは知っていた。それが、このウーバーのおじさんのおかげで、二コラ・テスラとトーマス・エジソンの確執とか、彼の変人ぶりとか、いろんな人に借金して赤貧の中死んでいったことはもちろん、直流と交流の違いまで教えてもらった。しかも、後部座席に座っていたお姉さんまでもが「その人、知ってる」と言い出し、みんなで遠出しているかのような錯覚。ところが、おじさんは最後の最後で、こう言った。 「ネットフリックスでドキュメンタリーを見たんだよ」 情報源はネットフリックスだったことが発覚。私も見よう。 おじさんに教わったのはそれだけではない。私はやったことはないけど、ウーバーに乗ってくるお客さんの中に、「ちょっとコーヒーが買いたいから止まって」と言う人が結構いて、ウーバーは途中停車してくれるのだ(運転手によるのだと思うが)。一応運転手の商売の邪魔をしているわけなので、暗黙のルールで、だいたいのお客さんは運転手の分のコーヒーもおごってあげるとか、1ドルチップを渡すなどするのだそうだ。でも、そうしない人もいて、なかなか戻ってこない人なんかもいて、トラブルの元になるらしい。 そもそもおじさんと話しを始めたきっかけは、私が「ウーバーとリフトとどっちが運転手の実入りがいいの?」と聞いたからだった。おじさんは得意げに「僕はどっちもやってるよ!」とリフトのステッカーをひらひらと見せてきた。どちらが運転手の手取りが多いのか、おじさんは「気にして比べたこともないから、同じぐらいじゃないの?」ということだった。 ほんの数年前は、ウーバーとタクシー会社が戦い、市民の中にも「やだー!怖い」と怖がっている人がいたのが嘘のよう。この間、ウーバーを締め出した街に行ったが、ウーバーではない、もっと小さなライドシェアサービスが普通に存在していた。良くも悪くも、先陣を切っていくというのは大変なことだな。
命名
新しい元号が発表され、「令和」の意味や由来が話題になっていたので、それを楽しく読み、職業柄、それがどう訳されるのかや令和のローマ字表記も気になった。 で、「命名」についていろいろと思い出した。私の名前も珍しい漢字ではないけれど、一般的でもないので、「どうしてそんな漢字を当てているの?」と訊かれることが多く、名前の由来を説明するハメになる。ちなみに「天から才能を授かる」という意味が込められている。名前負けしそうだが、才能のレベルは問われてはいない。 すごいのは妹の名前の由来だ。生まれた時、祖父の先妻にそっくりだということで、祖父がその先妻の名前を付けたがった。が、若くして亡くなった人なので、両親が反対。しかも、その人は子供の頃にトイレ(肥溜め?)に落ち、当時はそんな不幸が起きると改名しなければならなかったらしく、「涼しい子」と書いて「しずこ」だったのを「静子」という名前に変えた。「涼しい子」は「りょうこ」とも読めるので、私の妹の名前は「りょうこ」に決まった。 この名前の由来は、長らく妹には知らされていなかったが、大人になってから解禁となり、「トイレに落ちた人の名前をもらった」事実にムッとしていた。人から「名前の由来は?」などと訊かれたら、説明に相当時間がかかる。 母の名前には「周」という字が入っているので、「吉」を「囲む」という意味が込められているらしい。 漢字の本来の意味や形状に親の思いを込めているとか、漢字の音読みと訓読みを使い分けてみるとか、そーゆー命名のしかたが日本的で面白いなと思ってしまう。
大地の子ロス
仕事で日中関係の歴史を調べているうち、山崎豊子の『大地の子』に行き当たってしまい、上川達也が出ているドラマを全話、仕事そっちのけで見てしまった。リアルタイムで見ていなかったので、今更驚くのもアレだけど、上川達也の中国語での演技がすごい。 日中関係を長い目で見ると、まるでシーソーゲーム、と調べ物をしながら思った。 翻訳の仕事をしていると、調べ物をしているうちに、ついついいろんなものに引きずられて寄り道してしまう。翻訳に取り掛からねば!! でもドラマだけじゃ物足りなくて、本もポチってしまった。
三人称単数のTHEM
この間のオスカーナイトの「事件」を英語で面白おかしく書いて、とあるところに提出したら、「気に入ったので、来月のニュースレターに掲載したい」と連絡がきた。 提出したときは選考を通るとも思っていなかったし、「私の悲劇をみんなに言いふらしたい」みたいな欲があっただけだけど、実際に紙面掲載となると、自分の思ったことを好きなように書き散らしているブログとは違うから、結局断った。 誤字脱字などは既に編集してくれてあった。文章の最後を見たら、私が「him」と書いた箇所が、ポリティカリー・コレクトにするため、三人称単数の「them」に変えてあった。 最近、性同一性障害などジェンダーにまつわる諸事情を考慮して、三人称単数の「them」を使う人が増えてきている。He とも She とも呼ばれたくない人は「They を使ってほしい」とはっきり公言する人もいる。一方で、この動きを嫌う人も多い。 翻訳しているときもたまに出てくる。 one とか everyone の人称代名詞に「he/she」を使わずに「they」を使うのは既に市民権を得ているけど、ジェンダーを考慮してると思えるところで「they」が出てくることもある。 私など、人の悪口や噂話を英語で話しているときに、できるだけ誰の事を言っているのか特定されたくないので、「He とか She を使ってしまうとばれてしまう!英語は不便だ」と思ってしまう。英語ネイティブの人も「He なの? She なの?」と突っ込んでくる。でも、今回はちょっと違う。私が書いた文章なのだから、私の意図を汲んでほしいし、私の好きなようにさせてほしい。あのドラァグが、私の文章をどこかで読んで、「アタシのことを him と呼んだわね、them にしてちょうだい」とクレームをつけてくることはないだろうけど、あらかじめ them にするのは納得できない。 言葉は時代ととも変わっていくものなので、これもそういうものなのかもしれない... と簡単には言いたくない。人称代名詞はあまりにも頻繁に使われる。それに、They を使ってほしいと言っている「本人」が使うわけではなくて、それを「他人」に使わせるわけだから。私は英語が母国語じゃないから、どこかで間違えるに決まっている。これが人称代名詞でなければ、私も違った考えを持ったと思う。たとえば、「Mrs じゃなくって Ms って呼んで」とか、「Dr じゃなくて Professor と呼んで」なら、簡単だし全然オッケー。 ま、「them を him に戻してください」とニュースレターの編集者に言えば、戻してくれたと思うけど。
インスタカート・デビュー
久しぶりに「今どき」な技術を商売にしているスタートアップ企業の手伝いをした。こういう仕事は人伝に来るから断れない。スタートアップといっても、シリーズBはクリアしている優秀なところなので、興味も湧く。 シリコンバレーの企業と仕事するたびに思うけど、出版翻訳とは比べ物にならないほどギャラがいい。出版翻訳で1カ月かけて稼ぐものが3日で稼げる(とは言っても、基本、内容に興味をもっていなければ、どっちの翻訳も苦痛&苦行でしかない。今のところ、私のところにはいつも面白そうなものが転がり込んでくるので、ありがたいが)。 しかも、スタートアップの案件は「つながること」を称賛しているのに、出版翻訳の案件で、同時進行で読んでいる本は「つながることの危険性」に警鐘を鳴らしている。世間に注意を喚起するほうには、お金があんまり回っていないのは、実に興味深い。 だから両方やるしかない。両方やっているほうが面白いし(私には)。 で、忙しくって食料品を買いに行く時間が惜しかったので、インスタカートデビューしてしまった。提携スーパーの商品をネットでポチポチ選び、それを「ショッパー」さん(ウーバーの運転手みたいな人)が、私に代わって買い物をし、届けてくれる。買い物リストを確定すると、確認メールと、ショッパーさんの顔写真が送られてくる。アブドラナントカさんという中東系のおじさんだった。 大変な大雪の日でトロントの交通網が麻痺しそうな日だったので、配達時間は「5時間以内」に指定。 おじさんは中華系のスーパーから、時々写メを取って、「豆苗はこれしかないけどいい?」とか「大根餅は冷凍しかないけどいい?」とこまめに連絡をくれる。「じゃあ、いらない」と言えば、インスタカートが返金してくれる。でぐのぼうな家族に頼むより優秀。商品は概ね割高なので、毎日使うわけにはいかないけど、大きくてかさばるものは、ちょっと余分を払ってでも、おじさんに持ってきてもらったほうが楽。 気に入った。だいたいテクノロジーは「家事のお手伝い」分野においては、遅れすぎている。今は、自分が忙しすぎるときの「お手伝いさん」代わりに、こういうシェアエコノミー系のサービスを使っているけど、老後にも役立ちそう。
謹賀新年 2019
あけましておめでとうございます。 お正月らしいことは何もせず、仕事で籠もりきり、ひたすら机に向かっていた。SNSに上げられるおせち料理やお雑煮の写真を見ながら、大昔のお雑煮の悲劇を思い出した。 昔々、日系アメリカ人のお年を召した人の家で年始を迎え、「ねえ、お雑煮作って。家庭ごとに違うんでしょ」とせがまれ、私は困っていた。まともな料理をしたことがなかった私は、タダで泊まらせてもらっているのだからお礼をしなければ! と奮い立った。スマホどころか、インターネットに接続したってオンラインにレシピなどほぼない頃の話なのだ。 味噌汁なのかすまし汁なのか、よくわからないスープを作り(まあまあ飲めた)、人参と大根を入れ、お餅も入れた。日系アメリカ人のおばさんは、私の調理法から何かを学ぼうと、背中越しに私の一挙手一投足を見つめている…. 背後からのプレッシャーに耐えかね、「彩りが悪いのを何とかせねば」と思い、何を思ったかパセリのみじん切りを投入。私はパセリのみじん切りのパワフルさを過小評価していた。 友人のお弁当に入っていた子持ちししゃもを見て、「あなたのお母さんはすごくお料理が上手」と褒めるなど、こと料理に関して私は非常識だったが、この「お雑煮事件」は、私の食に関する常識の欠落に歯止めを打ったのであった。 結局、「家庭ごとに味が違うって、本当ね」と、クソ不味いお雑煮を無理に食べさせる結果になり、申し訳なく思った。一人前の大人として、ある程度は料理は学ばねば、と思った瞬間だった。 新年の抱負は料理の腕を上げること、ではない。 2015年からぼちぼちとやっていることを終わらせるのが、私の新年の抱負だ!
ア・マ・ゾ・ン
先日トロントの地下鉄に乗っていて、無料WIFIにアクセスしようとしたら、バッファリング中に「アマゾンウェブサービスにアクセス中」みたいなメッセージが表示された。 まあ! TTCもアマゾンを使っている! と改めて驚いた。ネットフリックスもストリーミング配信にはアマゾンのクラウドを使っているし、アンチアマゾンの人には辛い世の中だわ、と思った。 どうやら(はっきりはしていないけど)アマゾンのHQ2はトロントには来ないようで、ほっとした。いくらアマゾンヘビーユーザーの私でも、あんな会社が来たら、町の不動産や物価が跳ね上がり、暮らしにくくなってしまう。 私はシリコンバレーのハイテク企業(といっても偏りはあるが)の噂話が大好きで、いつもそんなブログやニュースを見ている。今一番好き(?)なのは、AMDのCEOのリサ・スー。実物を見たことはないけど、普通のおばちゃん感が満載で、土井たか子を彷彿とさせる。今日は、アマゾンのクラウドにチップを売ることが決まったので、ニュース露出度が高く、とても嬉しい。 https://www.cnbc.com/2018/11/06/amd-rises-after-announcing-new-business-from-amazons-cloud-unit.html
