この夏にスペインとポルトガルに行こうと旅の案を練っていますが、何年も前にこの本を読み、いつかアンダルシア地方に行ってみたいと思っていました。 天本英世は仮面ライダーの「死神博士」役で有名でしたが、太平洋戦争に青春を奪われてしまった人のひとりでした。その体験からかスペインを心の故郷とし、アンダルシアを流れるグワダルキビール川が大西洋に注ぎ込むあたりに自分の灰を撒いて欲しいと遺言を残し、ついでに現代日本人のライフスタイルに警鐘を鳴らす意味をこめてこの本を書いたようです。国家と個人の関係についての天本さんの姿勢が書かれていて、バッサリと日本の曖昧さが切り裂かれています。「明日が毎日当たり前のように来ると思うなよ」という姿勢は私も共感するものがあるし、とても好きな本です。 それでこの本を少し読み直したり、旅行好きの友人にいろいろ教えてもらったり、ネットで情報探したりして。独り旅だったら「現地についてからでいいや」と思えることでも調べたり。 今イスタンブールで暴動が起きているから思い出しましたが、昔昔トルコが好きになり、三回に渡ってトルコを独り旅をしたことがあります。インターネット前時代だったし、独りだったし、あんまり予定を立てなくてもいいかとイスタンブール往復チケットと最初の夜のホテルだけ日本から予約して、イスタンブール入りしてからアンカラ、カッパドキア、地中海沿岸の村々、黒海沿岸の町まで3回の旅行で回れたのだから不思議です。3回目の旅行ではトルコに住みたいと思いボスフォラス大学に見学に行きました。若気の至りです。 ネットで事前調査はいくらでもできる今は逆に「調べてないの?」ということになり、予約しておくことで安上がりになることも多いのでやたらと調べものが多い。スペインで鉄道旅行したいし。でも独りじゃなくて連れがいるし、仕事の合間に行くから時間制限もあるし調査は必要ね。 ... 気がついたらいつのまにか FB の右側の広告がスペイン関係でいっぱい。どこのサイトもいいね!してないのに。読まれているわ。
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Jane Austen Knits (200th Anniversary)
ジェーン・オースティンの『自負と偏見』が出版されて今年で200年。一家総出で玉の輿を狙うことが壮大な恋愛文学になり得た1813年から200年。ありとあらゆる恋愛ドラマは『自負と偏見』の伝統を踏襲し、「当人同士のコミュニケーションに問題があり、周囲は2人の愛が結ばれることは分かりきっているのにもかかわらず最後まで見届ける」ということを私たちは200年もの間、涙を流しながらヤキモキしながらやっています。「一家総出で玉の輿を狙う」というのは現代はナイ、と言い切ってみたいような気がしますが、アルアル!ですね。経済的不遇から這い上がる場合はサバイバル、不遇じゃないけどもっと上を狙いたいという人の場合は… いずれにしてもパーソナルな人生の選択肢ですから。 ジェーン・オースティンといえば「自分のイニシャルを刺繍したハンカチ」のイメージが強いのですね。さまざまな文学作品にハンカチは意味深に出てきます。イニシャル入りハンカチをわざとらしく落としたりすることは「I’m available」というメッセージを送っているらしい。それは2013年に復活させてもよいのでは。「婚活」だなんて無粋なことはやめ、イニシャル入りのハンカチを用意して、あちこちに落としてくるのはどうでしょう。あ、ハンカチが意味深なのは「持ち主の体液をたっぷり吸収しているから(もらったものに特別感を与える)」ということのようなので、汗、涙、鼻汁など各種体液を沁みこませておきましょう。 話はそれましたが、『Jane Austen Knits 2011』を本をしばらく前に買ってみました。でも2013年版がこの秋に出るようです。2011年号にはとりたてて編んで身につけたい、というものはなかったのですが。 うぅん... ↑これは編む気湧かないけど 左側のキャプレットなら編みたい 友達とニットアロングしたら楽しいかも?そしてジェーンごっことか? 余談 あの『自負と偏見』は今は『高慢と偏見』というのですか?私は前者に慣れてしまっているのですが、自負じゃだめなの?私はエリザベスの「自負」のことを指すのだと思っていたけどな。彼女は自負心は強いけど高慢ちきじゃない。だって「偏見」の部分もエリザベスの偏見でしょう?ヘンなの。
Americo Orginal Blow-out
クィーン・ウェストにある Amercio Original は私がトロントで今一番気に入っている毛糸屋です。もう何度もこのブログでこの店について書いていますが。 扱っている糸はすべてこの店のオリジナル。色や染色具合、糸のブレンド、すべてこの店でコントロールしています。生産しているのは今はペルーの工場。毎シーズン、夏糸・冬糸が出る頃に新色・糸が出てきますが、その深い色合いや糸の表情には感動します。その頃に店を覗きにいくと、新色を決めるまでの数々の見本帳を見せてくれて、素人から見たら違いが分からないほどの染め具合の差を見極めて色を選んでいる職人技、毛糸への愛を感じます。オーナーがシンプルだけど良質のものが大好きで、彼女が選んだ毛糸も「寡黙なのに魅力に溢れる」ものばかり。 そればかりでなく、アメリコの糸を使ったオリジナル編図もたくさん用意してあって、毛糸を買えば無料で編図がもらえます。1玉が20ドル前後と値段は張りますが、それは店のほうも分かっていること。1玉で編めるものもたくさんあるし、セーターも2玉で、というものも用意してあります。そして糸の質を生かすためにシンプルなものが多いので簡単に編める。少し上級者用には編地はシンプルだけど折り紙するときの想像力が必要なパターンが多いです。日本のニット作家でいうと michiyo さんのパターンみたいな。 私もはじめは値段に驚いて手が出ませんでしたが、折角編むなら、とスカーフや帽子から編み始めました。どれにしようか悩んでいる間にニットのいろんな話で盛り上がり、結局毛糸を手にして店を出てしまいます。あとですね、革のボタンや鞄の持ち手なども揃ってます。もちろん高級ですが…高いので誕生日やクリスマスのギフトにねだるのも手ですね。最近は超極細の糸をたくさん出しているので、それをひたすら攻略するとか。私も昨日超極細の糸を買い込み「じゃあ2年後にまた会いましょう」と言って店を出てきましたが、「じゃあまた来週ね!」と返事が返ってきました。バレています。 カナダ国内にはアメリコの糸を扱っている毛糸屋さんは何軒かあります。最近はアメリカでも取扱店が2店ほどあるみたい。南米の糸だからトロントのお土産としては「?」かもしれないけど、カナダでしか手に入らない糸だからお土産にいいかもね。かくいう私はニット好きの友達にお土産として持っていったことはありませんが。 ただ、渋い色合いばかりだし、ポップな色が大好きな人には全然購買意欲が沸かない店だと思います。あと糸が高いからかぎ針編みの人にも不向き。北欧ニットが好きな人にもテンションが上がらない店かも。あとショーウィンドウの独特のディスプレイも全然可愛くはなくむしろ「怖い」ですが、私はああいうの好きです。むしろやたらと「可愛いでしょ!」とクラフティさを全面に押し出しているディスプレイよりもずっと好きです。 でもでもでも、ここの糸は是非手にとって見てもらいたい!!なんたってオリジナル! http://www.americo.ca/
VARIEGATED SNOOD
これはオレゴン州ポートランドの毛糸屋で見かけた見本と毛糸に惚れぼれし、お財布には痛い値段だったけどカナダでは手に入れにくい糸だから買ってみた。 編地はただの鹿の子編み。でも糸を3本引き合わせて編んでいて、その3本の糸の色をグラデーションさせながら編んでいくというもの。編物というより織物みたい。オレンジの部分を表に出したり、引っ込めたりして巻き方を楽しめる。 AAA AAC ACC というふうにグラデーションさせていきます。わかるかな? しかし、実際に編んでみて思いましたが、似たような色だとグラデーションが地味。まさか!の驚きの反対色などをランダムに選んだほうが面白いかもしれません。これは4色使っています。グラデーションの間隔はまあ適当に、思いつくままに。 SHIBUIのSilk Cloudというキッド・モヘアとシルクの混毛。色が非常に美しく、シルク40%ならではの光沢。そして手触り弾力性がなんとも言えません… チクチクしない。 スヌードはこれまでゆったりネックラインを包む感じの長さを編んでいましたが、首にぴったり、ネックウォーマーかとっくりの付け襟ぐらいなしまり具合です。
電子書籍の使用権
木曜日あたりから電子書籍についてギャンスカFBで騒いでいましたが、ただダウンロードしたファイルが読めないという次元の問題から、日本国外に住む会員へのサポートはない、返品とキャンセルもなし、そしてさらにデジタルダウンロード商品を購入してもその所有権は「ユーザーにはない」という問題にブチあたりました。今回のhontoだけでなく、iTunesだってアマゾンだってどこの会社だって同じなのです。電子書籍も音楽も映像もゲームもデジタルダウンロードに関しては「再生・閲覧する権利」を購入しているだけなのです。ユーザーが永久保存できるわけじゃない。データはむこうの所有物なのです。アップルやアマゾンが倒産したらどうなるんでしょう? 知りません。 hontoに至っては「会員制」なので退会するとそれ以前に購入していたものが閲覧できなくなります。これって、たとえば「明日から有料会員制にします」なんて変えられたりしたら非常に困ったことになります。一冊しか買ってないなら即刻退会しますが、10冊買ってあって未読のものがあったら悩みます。 去年、iTunesのダウンロード商品に関して「使用権」しか私たちが買えないことに対してブルース・ウィリスがアップル社に対して激怒し、訴えてやる!というようなウワサが流れましたが訴えませんでした。あのような著名人が引っ込むぐらいなので、やっかいなことなのかもしれません。でもまあiTunesで買ったものを再生できなくて聴けないなんてことまずないでしょう。とりあえず聴ける。私の場合は電子書籍が開けなかったんだから。 でも電子書籍は私のような人には便利なんです。 + 日本国外に居住しているから送料もかからずすぐに手に入る + 参考資料として必要な本は仕事が終わったら二度読みしない + 参考資料なので検索できるデジタル版のほうがラク + 引越が多い(重くてかさばるものの送料は高い) + 仕事用なのでアプリ使ってパソコンで読む(リーダー要らない。アプリが重要) まあ、アプリなんか使わないでウェブブラウザで読めれば一番いいんですけど。リーダー使わないときは特に。 しかし、今回のことが勉強になったことは確かです。ずっとパソコンにへばりついていたのでいろんなものを読みましたが、電子書籍の「使用権」に関するニュースはとても少なかったので、まさに調査しているかんじでした。ネットのゲームでまさにこの件に関して問題になったことがあるって人に教えてもらいました。 スティーブ・ジョブズの自伝を読んだ人は多いでしょうが、アップルとソニーの攻防(攻防って言い方は間違ってるかもしれないけど)の箇所は、まさにハードウェアとコンテンツの両方を持っておきながら統合させることができなかったソニーが衰退し、ハードウェアしかなかったアップルがデジタルコンテンツを取り込んでいくことで勝負がついたという話でした。電子書籍はもっと事情が違うのかもしれませんが、私たちが「使用権だけを購入する」ということはあの時点から決まっていたのですよね。おそらく。 ちなみに仕事の締め切りの後にパソコンのOS設定をいじったりして本は読めるようになりました。でも文字がギザギザ… 読めるだけいいか。しかもアプリのユーザーインターフェイスが文字化けする。それを見せようとしてスクリーンショット撮ろうとしたら、「スクリーンショットは禁止されています」というメッセージが!…まったく… 極度に神経質に「違法に使用」されることを恐れているこのかんじが腹立ちます。
3.5mm vs 3.25mm
途中から針の号数間違えた。 3.5mmと3.25mmの間違いだから、差は0.25mm。 そのまま突き進んでもいいかなと思ったけれど、そもそも号数の間違いに気付いたのは手の感触で「なんか細い!」と感じたので、解いて編み直し。 後身頃と左前はできている。あと右と袖ね。 編む気が萎えているといいつつも編物しないとリラックスできない。 やりたいな思っている翻訳をやろうとして(お金にはならない)いるけど、やらなくてはならない翻訳の仕事が次々と舞い込んでくるので、なかなか集中できない。それでお金にはならないが好きなほうを優先させたいなと家人ににじり寄ってみたら、あっさり却下された(当たり前だ)。それで時間捻出のために時間割作ってやっているけど、柴田元幸が「東大の仕事があるから、趣味で小説の翻訳ができる。あれは好きなこと、趣味なんです」と言っていたので、これを「仕事の時間」に入れるか「趣味の時間」に入れるか悩んでる。
Rebel House & Mackenzie House
Doors Open Toronto 2013 では Mackenzie House をチェック。 これはカナダがイギリス植民地支配から独立する上で重要な役割を果たしたウィリアム・ライアン・マッキンジーが晩年の短い間だけ住んでいた家です。彼はこのあたりのカナダが「アッパー・カナダ」と言われていた頃のトロント初代市長。彼の孫は第二次世界大戦時のカナダ首相、ウィリアム・ライアン・マッキンジー・キングで50ドル札紙幣のデザインにもなっています。 1812年戦争での勝利でアメリカ支配を逃れたアッパー・カナダはその後イギリス支配から独立する必要に目覚めます。イギリスから任命された人々による政府ではなく、植民地住民が自ら選出した人で築く政府樹立を目指し1830年代に反乱を起こします。マッキンジーはそんな「改革派」の中心人物。イギリス領アッパー・カナダから追放され、先にイギリスから独立を勝ち得たアメリカで逃亡生活を余儀なくされるなど様々な憂き目にあいますが、農民などからは圧倒的支持を誇っていました。 マッキンジーは自分の政治的意見を世間に伝えるために活版印刷所も所有。政敵に印刷所を襲撃され活字をオンタリオ湖に捨てられたり、その報復に壊れて使えなくなった活字をマスケット銃に詰めて反撃したり、当時の印刷技師たちも命がけ。そんな印刷所を復元したものがMackenzie Houseにあります。今はここで当時のマッキンジーの新聞などをお土産用に印刷しています。私は新聞より「牛、見つけました」のほうが気に入って2ドルで購入。普段も一般に公開されているとのことなので是非一度訪ねてみてください。 あれから200年経った今のカナダもやはりイギリスの影響を受けていますが、今はアメリカとは一線を画すためなのか、カナダ軍の名前に「ROYAL」という単語を2年ぐらい前からまたくっつけたりして(カナダ軍の最高司令官はエリザベス女王なので)、イギリス連邦の一部であるというアイデンティティを押し出しているようなところがあるように見えます。イギリスの影響というは綿々とカナダに続いていて、それをどう考えるかというのが現代カナダ人にとっては非常に重要なことのようです。トロントに住んでいるととてもアメリカの影響が強いように思いますが、NAFTA 以前のカナダってどんなだったんだろう、なんて想像してしまいます。 ところで、私が足繁く通うパブのひとつに「REBEL HOUSE」というのがあって、この店名の由来は1837年に起きた反乱のちなんだものです。マッキンジー率いる改革派(反乱者)がヤング・ストリートからトロント市街地へなだれ込もうとしたとき、エグリントンとブロアの間で政府軍と乱闘に突入。反乱軍は敗走、何人かは絞首刑となりました。まあそれでその乱闘があったあたりにあるパブということで「REBEL HOUSE」、そして店のロゴが絞首刑になっている人なんですね。このパブはビールやワインの品揃えがよいばかりでなく、ゴハンも美味しいのですよ。 トロントのパブには Betty’s (カリフォルニアのベティ・フォード・クリニックと名前で揉めた)をはじめ面白いところがあって、そういうところから歴史を探るのも私の趣味です。 Mackenzie House http://en.wikipedia.org/wiki/Mackenzie_House
岬
前回の帰郷でワイドビュー南紀に乗って三重県津市から和歌山県紀伊勝浦まで旅したときに中上健次の小説を思い出したので、今また読み返してみた。 一番最初に読んだとき、中上健次がどういう人でどういう小説家なのかほとんど知らないでいたけど、いろいろ知恵をつけてから読むとまた違う。会話が方言だからあのあたりの方言を知っていて音読できる人(私にでもできるかも。でもちょっと言葉が古いから練習が必要。夕べちょっとやってみた。)と、そうでない人とでも印象が変わるかもしれない。高校の国語の授業で先生が宮沢賢治の「あめゆきとてきてけんじゃ」をその方言の話者に頼んで録音したのを聞かせてくれたことがあって、ものすごく驚いたことがある。だから「岬」なんかもオーディオブックにしたほうが面白いかもね。とりあえずは地図を見ながら読むとなおいいと思う。 そういえば好きな作家は誰?なんていう話をする機会があっていろんな人の名前を挙げたけど、中上健次を挙げるのを忘れていた。作風的に「私も彼スキ!」と黄色い声をあげて女同士で本の貸し借りに至るかんじの作家じゃないから忘れてた。
クライマーズ・ハイ
日航123便の墜落事故は私の心に深く刻まれています。あの日夕方過ぎ名古屋からの電車に乗ると号外を持った人たちでいっぱいでした。電車内は不穏な空気に包まれていて、友達と何が起きたんだろうと号外を盗み見ていたのです。もしかするとあれは事故当日じゃなくて翌日だったのかも。その辺の記憶は曖昧。でも自分の将来を決めるのに悩んでいた夏に起きたことなので深く印象に残っています。 そんな体験からか内田幹樹の本で内田さんならではの日航事故や事故調査に対する意見を読み、どことなくいつも興味がそそられたので「クライマーズ・ハイ」を読むことに。映画はまだ観てない。 最初から最後まで主人公が好きになれず理解もできませんでした。新聞社の中が政局の争いや戦国時代の武将たちの国盗りゲームみたいなノリで描かれていて、その中で孤独に聖戦を挑まんばかりの新聞記者がいるのだけれど、何かあるごとに「辞職するつもり」でやるなどと「ハラキリのサムライ」はたまた「爆弾を腹にまきつけた少年」のごとく立ち振る舞うくせに、人情・涙などに絆されたり憶測に邪魔されて実行には移さない。「手間のかかる男だ!」とイライラが募る。プロの記者として勝負を掛けるスクープに対してもプロとしての命を張らず、私はガクンと椅子から転げ落ちそうになった。その落とし前をつける機会が巡ってきたかと思いきやそれは読者からの投稿欄で(しかも投稿欄は自分の管轄セクションじゃない)、「それは載せたらあかんやろ」というシロモノを自分の過去の清算をするために意を貫く。私は本を壁に投げつける。 その…「記者である前に生身の人間であるから」ということが言いたいのかもしれないけど、「そのキミの他人や会社を大きく巻き込んで、ボカスカ人を殴ったり、暴言吐いたりして、個人的な問題の処理をしようとする判断力を大きく疑問視したい!!」と私が社長ならクビにすると思う。しかし、新聞社に勤めている大人たちがどうして個人的なこと(親の悪口とかね)を持ち出して意地悪なことを言い合っているのだろうか。 話が全然違うから比べるのはアレだけど、「誰にも決して知られたくない過去を持つ男」という括りなら、Mad Men のドン・ドレイパーのほうが数段上を行くよな。この本の場合は「誰にも決して知られたくない過去」があるのために何をやっても裏目に出てしまう男という割にはヒーロー性が高過ぎる。 著者は元新聞記者なので「本当に新聞社の内情とは本当にこんなレベルなの?」と私が不安を感じたのも、最近読んだ「【213】女性社員のための「犠牲」はもう御免 -「母性保護」の陰で過酷な業務を強いられる社員たち」という日経BPの記事が影響してます。FB でこの件に関しては盛り上がらせてもらいましたが。
心臓に毛が生えている理由
このエッセイ集も「米原さんの本がもっと読みたい」と周囲に言いまくっていたら風に乗って私のところにやってきました。でも読んだことがあるような気がする。クンクン。でも私の読書リストに書き込んでない。書きもれ?でも記憶が薄れていたため楽しめました。 こちらのエッセイ集は過去に新聞や雑誌で掲載された短めのものが多かったのですが、「『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を書いた理由」というのが収録されていて、それが面白かった。アーニャが「私はもうイギリス人なの。国境なんてなくなればいいわ。」と発言したことが米原さんとその他の幼馴染には欺瞞に映ったことが発端とのこと。 私も「アイデンティティ」についてはよく考え、自分の中のアジア的、日本的、はたまたアメリカ暮らしが長いことによるアメリカ的なところが一つの体の中でごった返している感じなので、日本人なのに「私はアメリカ人だ」とか「カナダ人だ」とはっきり言い切れる人に対して相容れないものを感じる。私はそうは思えない。居住地に馴染んできたことを指して「私ももうすっかりカナダ人よねぇ」なんて言う場合は別として。 私の場合、アメリカ生活が長く、カナダの生活も長くなりそうな上、しかも日本に帰るよりもほかの英語圏にまた移住する可能性が高そうな生活をしているので、望郷の念も日本とサンフランシスコの両方に対して沸く。言語的には職業柄英語どっぷりに浸かって英語だけ流暢なら大丈夫というわけにもいかない。英語が母国語でないことによって過小評価されたり社会の隅に追いやられるわけにもいかない。単に国籍を持っているところに帰属意識を感じるというようなレベルではない。アメリカには自分の都合で移住したけど、カナダに来たのは自分の都合じゃない、などと移住のきっかけというのも大きく影響する。私はカナダに馴染めなくて苦しんでいるわけではなくてむしろ逆。でもそれはアイデンティティとはちょっと別の次元の問題。 +++++++ 話は変わりますが、この三連休中に真夜中に犯行を目撃。目撃者2として警察に 「最初は素手でショーウインドウのガラスをバンバン叩いてた。」 「ガラス割って小さな家具を盗んで逃げた」 「左と右の靴の色が違った」 などなど証言するやすぐに警察はほかのパトカーに無線連絡し、話している最中に容疑者発見。速い!家具を持って逃走したんだけど、途中で道にその一部を落っことして、値札もヒラヒラ。42ドルだった… 「ショーウィンドウ修理代のほうがうんと高くつくよね…」というおそらくは酒かドラッグでハイになって自己コントロールが効かなくなった若者の犯罪現場に私は居合わせたのでした…
