リリアンのことを考えていたら、大昔に作ったジュエリーのことを思い出して、引っ張り出してきた。 リリアンメーカーで作ったわけじゃないけど、同じ(?)テクニックだと思う。 超極細の純銀ワイヤーで編んだ。毛糸と違って、ワイヤーは編んでいると畝って困ったのを覚えてる。
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決定版 この国のけじめ
今、気になる人は藤原正彦。 フェイスブックで理系に進んだ友人たちから、藤原正彦をはじめ、彼の家族の著作を色々と薦めてもらった。そして別の友人からこれを借りた。 これには、ベストセラーになった「国家の品格」への習作ともいえるエッセイが収録されていて、これまでに読んだ「日本人の誇り」とか「祖国とは母国語」と同様、「祖国愛」がここでも盛んに言われていた。 立て続けに藤原本を読んだので、何かが私の心に刷り込まれてたのかもしれないけど、ディズニーの「魔法にかけられて」(Enchanted)のことを急に思い出し、また観た。藤原さんの言っている祖国愛は、この映画の「真実の愛」と似ているような気がする。お互いのことを知るためにデートを重ね、理解を深め、思考を巡らし、理屈をこねて、品定めをし... という用心深いプロセスがまかりとおる世界では、真実の愛はちょっとこっぱずかしい。でも真実の愛を求めている人は実は多い。 藤原さんのいう「祖国愛」議論の一部だけど、なんでも経済中心に考えるのは間違っている、と彼は息巻いている(特に教育の分野で)。私もそれには同意する。 でもそこまでかも、同意できるのは。 それ以外のエッセイはやっぱり面白かった。
パギーとコリータ第7話
共同ブログで続きを書きました。 早く話を終わらせようと思うのに、なかなか終わらない。自分で作っている話だというのに、どういうことだ、と不思議に思う。 http://cobloggin.blog.fc2.com/blog-entry-28.html
輪針の短針におけるグローバル経済
輪針の短針が届いた。これで私の編物人生も生産性が格段に向上することが予測され、幸甚の至りである。 私の輪針コレクションは圧倒的にクローバーの匠が多いが、ほかのメーカーのや他素材はどんな感じだろう?といろいろ試している。Knitter’s Prideのかぎ針が案外よかったので、輪針もKnitter’s Prideを最近買い始めた。竹製のやつだけど。安いから。 アレ?日本の竹から作られているという但し書きがある!あれ?でもメイド・イン・インディア。「日本の竹をインドで栽培してるのかしら?」と思ったら、パッケージの裏にわざわざ、日本で栽培した竹を使用、云々と書いてある。 日本の竹→インドで加工・製品化→アメリカのサイトで買う→カナダで使う これで私にとって「安上がり」な買い物ができてしまうのだから、不思議だ。 日本の竹→カナダで加工・製品化→カナダのサイトで買う→カナダで使う というパターンが一番値段が高そう。あくまでも私の想像に過ぎないが。カナダに竹はないと思うので(自生はしないと思う)、カナダ産の素材となれば、カバの木などの木材になりそうで、 カナダの木材→カナダで加工・製品化→カナダのサイトで買う→カナダで使う ともなればものすごく高価な針になるであろう。 しかも、カナダにいながらアメリカのサイトで買っているのだから、もちろん消費税を払っていない。カナダ国内で物を買えば、各州で決められている消費税(GST)がかかる。 最近私は仕事上この消費税に悩まされているので、ついつい消費税がかかっているとかかかっていないとか見てしまうクセがついた。 編針ごときで色々なことを考えてしまった… 早く新しい針で編み上げなければ。
Shopping in Ukraine
Etsyで欲しい物を見つけた。購入一歩手前で、セラーの居住国を見たら「ウクライナ、ドネツク」と書いてあり、踏みとどまった。悩んだ末、「この商品を私が購入したら、ウクライナの今の不安定な状況の中で、安全かつ確実に商品発送できますか?」とセラーにメールを送ったら、 「Yes」 と一行で返信が来た。メールを送る前と同じぐらい考え込んでしまった。セラー自身はドネツクの中でも平和なところに住んでいるかもしれないけど、郵便事情はやっぱり紛争の影響を受けるんでないの?とか。仮にちゃんと届いたとしても、小包に血糊が付いていたりしたら、小包の到着を手放しでは喜べないし。 Quoraで質問してみたがまだ誰からも返事がない。ウクライナ情勢について熱く語っている人々の中には郵便事情にも詳しい識者がいるのではないか、と思ったのだが、瑣末すぎるのか無視されている。というか「online shopping」トピに質問したつもりが、誤って「Writing」トピックに質問を上げてしまっていた。誰からも無視されているのも当たり前… という話を教授にしたら「何を買うの?」、「入れ子の人形(マトリョーシカ)」という会話になり、 「NO WAY」 と叫ばれてしまった。障壁はウクライナ紛争ではなく、家庭内にあったのだった。どうせ安いものだし、これはブログネタとして、注文してみて本当に届くかどうか試してみてもいいかもしれない、などと悶々としている。 関係ない話だけど、こんな冷たい飲み物を飲みたい、と思うほど、トロントも暖かくなってきた。
Transcendence – その後
カナダのCBCのラジオ番組The Currentで人工知能の技術を軍用に応用する話として「人殺しロボット」の話をしていた。朝っぱらからイヤな話だ、と思いつつも最先端技術とそれにまつわる法規制、反対運動の話なので聞いていた。「人殺しロボット」というのは、「ある種類の人間や物を狙って殺戮をする」ようにソフトウェアでプログラムされるロボットのこと。 自分の息子や娘を戦場に送るよりはマシ、なんてレベルの話では済まない。そもそも私はアメリカ軍がアフガニスタンなどで飛行させている攻撃用無人飛行機(Drone)が大嫌い。理由は、戦争突入にあたって一番躊躇してしまうはずである「人の命」(といっても攻撃を仕掛けるほうの命ということだけど)という壁を「克服」してしまうので、戦争に踏み込みやすくなってしまうから。というか、そもそも攻撃用無人機を飛ばす理由が、コスト(血税と人命の犠牲の両方の意味で)を抑えるためなんじゃないの?と思う。この CBC のラジオ番組によると、朝鮮半島にもロボット的な兵器が配置されているらしい。日本だって、オバマ来日の際にはロボット見せていたしな。 テクノロジーをこういうことに応用していくのはイヤだ。それを過信するのもどうかと思う。「テクノロジーが想定外のところでうまくいかなくなると、実は人間にはどうしようもない事態が発生しうる」ことは福島第一原発の事故で既に経験済み。ジョニー・デップの映画「Transcendence」も、人間には手の尽くしようのない事態が発生してしまった話である。最終的には「愛による犠牲」でどうにかなったが。私はこの映画を見たとき「ジョニー・デップが人工知能の博士だなんてなぁ….ある意味自己超越だな…」と白けていたし、技術的特異点も「愛にはかなわない」というオチがついたところでより一層冷めた気持ちになってしまった。 ということを家で文句言っていたら、教授が「そういえばホーキング博士が人口知能に警鐘を鳴らしていた」という。 ホーキング博士の発言 http://www.independent.co.uk/news/science/stephen-hawking-transcendence-looks-at-the-implications-of-artificial-intelligence--but-are-we-taking-ai-seriously-enough-9313474.html CBC - The Current http://www.cbc.ca/thecurrent/episode/2014/05/06/killer-robots-ethics-in-the-age-of-co-robotics/
人工知能
昨日、カナダのCBCのラジオ番組The Currentでロボット工学や人工知能の技術を軍用に応用する話として「人殺しロボット」の話をしていた。朝っぱらからイヤな話だ、と思いつつもテクノロジー応用の話なので聞いていた。「人殺しロボット」というのは、ソフトウェアで「ある一定の種類の人間をターゲットに絞って殺戮をする」ようにプログラムされるロボットのこと。 自分の息子や娘を戦場に送るよりはマシ、なんてことでは済まない。そもそも私はあのアメリカ軍がアフガニスタンなどで飛行させている攻撃用無人飛行機が大嫌い。なぜかというと、戦争に踏み込むにあたって一番躊躇してしまう「人の命」(戦争を仕掛けるほうの命ということだけど)の壁を「克服」してしまうので、戦争に踏み込みやすくなってしまうから。というか、そもそも攻撃用無人飛行機をアメリカが飛ばしていることの理由が、コスト(血税と人命の犠牲の両方の意味で)を抑えるためなんじゃないの?と思う。しかしあの無人飛行機以外にも潜水艦だとか、朝鮮半島にも「人間の能力を超えたロボット的な兵器」は配置されている。 テクノロジーをこういうことに応用していくのはイヤだ。テクノロジーを過信するのもどうかと思う。「テクノロジーが想定外のところでうまくいかなくなると、実は人間にはどうしようもない事態が発生しうる」ことは福島第一原発の事故で既に経験済み。ジョニー・デップの映画「Transcendence」も、人間にはどうしようもない事態が発生してしまった話である。最終的にはどうにかなったが。私はこの映画を見たとき「ジョニー・デップが人工知能の博士だなんてなぁ….ある意味自己超越だな…」とさめざめとした気分で見ていたけど、アレは「ジョニー・デップですら、あのようになれてしまう」という恐ろしさを世間に知らしめていたのでは、と今は思う。 ということを今日文句言っていたら、教授が「そういえばホーキング博士が人口知能に警鐘を鳴らしていた」という。 ホーキング博士の発言 http://www.independent.co.uk/news/science/stephen-hawking-transcendence-looks-at-the-implications-of-artificial-intelligence--but-are-we-taking-ai-seriously-enough-9313474.html CBC - The Current http://www.cbc.ca/thecurrent/episode/2014/05/06/killer-robots-ethics-in-the-age-of-co-robotics/
短い輪針の必要性
久々にアメリコに行き、今何を編んでいるかという話になり、 袖を袖ぐりから拾って5本針で編むのが非常に面倒だ、と私が文句を言っていたら、 「短い輪針を買えばいいのに」 と一言いわれ、確かにそうだ、どうしてそんなことを今まで思いつかなかったのだろう、と反省し、ネットでポチリ。しかし、針が家に届くまでに編みきってしまうだろう。 最近アメリコの人と一緒に編み物してる。もちろんアメリコの糸で。 あ、今店頭でマネキンが着ているのは私が編んだやつ。花柄のレギンスと一緒にコーディネートされている。
歌うクジラ
頑張って上巻だけ読んだ。「結構キツイ」という前置きで貸してもらったが、それは本当だった。近未来的な絵柄が私は苦手。自分の想像力が及ばない。そういうのは映画に任せておこう。でも、上巻の最初の部分は、トム・クルーズの「マイノリティ・レポート」に出てくる、昆虫みたいなロボットの描写があって、その辺だけは、あの映像を想像しつつ読めた。あの映画もキライだけどね。映画というかトム・クルーズが苦手。 鯨といえば、今カナダのニューファンランドにはシロナガスクジラの死体が流れ着き、その一体の死体内にガスが充満し、今にも破裂しそうになっている。トロントにあるロイヤル・オンタリオ ミュージアムがこれを回収しに行くことになっている。個人的には破裂するシーンが見たいと思っている。まだパンパンなのかなぁ。 どうでもよいことだけど、iPADのOSをアップデートしたら、電子書籍がキンドルから消去された。何でだろう、前にも同じことで右往左往したのだろうか?とiPADやアマゾンのサイトを行ったりきたり。 おう!アメリカのアマゾンのサイトに、OSをアップデートしたときにiPADが登録されてしまっており、アマゾンジャパンのサイトからは登録解除されてしまっていた。 したがって、アマゾンUSからデバイスを登録解除。アマゾンジャパンにデバイスを登録し直した。嗚呼!コンテンツを全部ダウンロードできた! しかし、私はカナダに住んでいるというのになぜアマゾンUSだったのか。USから買うことのほうが断然多いからか?いちいちいろいろ面倒臭い。
テレビ消灯時間3での発見
ナンシー関の本をどんどん人から借りて読んでいるうちに、ニットネタに当たった。時代から考えて当然、広瀬光治。 時々ニット界で「男」がちやほやもてはやされる。今だとアルネ&カルロス、スティーブン・ウェスト。もう少し古い世代だと、ケイフ・ファセット、そして広瀬光治。他にももっといるかもしれない。 最近、編み物の動画を見ていると、アメリカ中西部出身っぽく見える白人の眼鏡かけた醜男がオネエ言葉で、全然可愛くないニットを教えているか、売っている広告を見かける。そしてそんな彼を取り巻くニット好きな女たち。この広告に今一番ムカついていて、クリックしたくない。ほかの世界だと歯が立たないけど、ニットの世界なら「希少価値」をウリにブレイクできるかもという算段が明らさま。何でもアリな敷居の低さが編み物のよさとはいえ、アルネ&カルロスも、スティーブン・ウェストも、ケイフ・ファセットも、広瀬光治も、ニット作品はやっぱり一目置かれて当然な「実力」があるもんな(それを好むかどうかは別の話)。 それにしても、ニット界に降臨する男たちは大体がゲイであるというのもあるかもしれないけど、ニット界の女たちに何の抵抗もなく受け入れられ、もてはやされるのは何故だろう。ファンクラブさえある。昨日広瀬光治のウェブサイトをチェックしたら、「ファン募集中」だった。なんとなく「前世代のニット貴公子」というニオイの立ち込めるサイトだった。 話は元に戻って、なぜ男ニッターがもてはやされるのか(日本で)。昔昔の話だけど、スーパーのレジで働く人が「若い男の子がローテーションに入っていると、職場の雰囲気が和らぐ」と言っていたのを思い出した。単に「若い」だけではダメらしく、「若い、人当たりがよい、可愛らしい」などの質を兼ね備えていればなおのことよいのだと思う。女だけだと殺伐とし、バトルが一触即発状態が続く、というような話であった。私もかつて日本でOLをしていた頃、一日の唯一の楽しみが「荷受にやってくるFEDEXの美男子と伝票と荷物の確認をする時間」だった。あまりにも浮ついたひと時だったので、私は、本来なら船便にして安くあげなければならない重い鉄の工具を、FEDEXの飛行機で香港に送ってしまい、送料40万円の請求書を見た上司に「誰だ!こんなことをしたのは!」と叱られたことがある。よくクビにならなかったものだ。 都市部に限った話だけど、北米のニットナイトに行くと、一人ぐらいは男ニッターがいるし、毛糸屋にも男の店員がいたりもする。圧倒的に女が多いけど、少数派ながら男もいる。そういう男たちが「緩和剤」の役割を果たしているかというと、そんな力はなさそうに思う。アルネ&カルロスも、スティーブン・ウェストも、ケイフ・ファセットもそういう役割は負わされてはいないと思う。ただ、北米には広瀬光治的な存在はないと思う。あれは何だろう、宝塚的な要素があるよね。日本にしか存在しえない。 思うに、日本のニット「業界」には優秀な日本人女性デザイナーがたくさんいて、小さなパイを分け合っているというか分捕り競争しているので、煮詰まりやすいのじゃないか。ゲイのニッターならば、いい「緩和剤」だし、新風を吹かしてくれるよね。作品的な新しさより、ニットに対するアプローチへの新しさ、というかさ。 そして、アルネ&カルロスはわざわざ遠方から来日してるんだから、ついでに眼鏡の広告にも出たほうが、絶対にモト取れると思う。 もうワタシ絶対にナンシー関の読みすぎ。
