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リネンとコットンの引き合わせ…気に入らないの巻

リネンとコットンの糸を2本引き合わせてラグランのサマーセーターを編むつもりが、編んでいるうちに、おぼろ昆布のような色・表面となり、嫌気が差して長い間放置してあった。カナダ人の編友が色は違うけど同じ糸で同じセーターを編んだけど、気に食わないと言っていた。糸だけ見ると悪くない思ったんだけどな。 久しぶりに引っ張り出してきて、袖とか丈とか、弄り回して飽きたというところで止めた。何も考えずに、あれこれ思いつきで編んでみた。 まず、半袖にして丈を長くして、レギンスで合わせてみようと思ったけど、「洗濯カゴが似合うね」というセーターになってしまった。一部ほどく。ここで問題に気づいた。糸にコシがない上に太めの糸でざっくり編んだため、体にフィットしすぎる。それに、袖と身丈のバランス、ゴム編み部分と全体のバランスもおかしい。 脇に大きくスリットを入れてみた。後ろと前の身頃の長さも5センチほど変えてみた。そしてボタンで留めてみることに。袖のゴム編み部分も短くしてみた。これを着て外出してみたら、スリットから風が入って心地よい。キャミを中に着ることが前提なのがよいかも... と自分を慰める。 端をボタンで留める。 前から見たところ 後ろから見たところ 身頃の長さを前後で変えたのは、元々のデザインが前後まったく同じの扁平なものであったので、変化をつけるため。今日ジムに行くときに着ていったので、トレーナーに見せたら、「うーん、まあユニークかな」と、無理やり言わせてしまった。 いろいろ変化つけたってさ、2本合わせた結果の色がキライ。とりあえず、同じものを編んだ編友に見せて、このプロジェクトには終止符を打ちたい。

天才の栄光と挫折

数学の知識がないため、数学者の功績のすごさがよくわからなかったけど、挫折の部分はよくわかった。この間、なんかのチャンネルで、マンガ風のニュートンとフックのバトルについてやっていたけど、女同士の戦いより怖かった。 この夏三ヶ月ほどロンドンにいるので、私は工芸品の旅を目論んでいるけど、そういうのに一切興味のない教授のために、歴史的に有名な数学者ゆかりの地を見るってのもいいかもな。エニグマ暗号の解読者、アラン・チューリングとか、好きそう。

スイカの季節

友達とサシ飲みをする約束があったのに、約束の時間に遅れちゃまずい!とタクシーに飛び込んだ。「ウェルカム!」と愛想のよさげなインド人の運転手。しばらくすると、ガサゴソとカバンからジップロックを取り出す。スイカを一口サイズに切ったものがいっぱい入ってる。 「おひとつどうぞ」 と押しが強い。「結構です」と断ったけど、ジップロックを後部座席に突き出して、「遠慮しないで」とさらに押す。おめぇ、そのスイカは何時カットしたのだ、今日は蒸し暑い日だぞ、腐ってないだろうか、などと呟く一方で、ただの親切心だろうから無碍に断るのは心苦しいと気を揉む。これが何度も繰り返され、私は負けた。生ぬるい!青酸カリ入りかもしれない! 「知らないおじさんからお菓子をもらっても食べてはだめよ」 なんて母は子に向かって言うだろうが、大人へと生長すると、食べ物への誘惑とは別の大人の事情で、私はスイカを食ってしまった。しかもスイカの水分で指がベトベト。するとタクシーの運転手はササっと紙ナプキンを差し出す。やはり強引な親切者なだけなのかも。スイカといい、紙ナプキンといい、差し出す所作が押しの強さを物語る! 「嗚呼、早く店に行って、毒が体を回る前にアルコールを一気飲みしたい…」 と心から神様に願った(胸の前で手を合わせる) 「ニホンジンデスカ?ドモアリガト」 そう、私は日本人。神様に祈るときは、神社の賽銭箱の前に立っているイメージだからな。 一夜明けたけど、今日も私は生きている!アルコールのおかげ?神のご加護?

ついうっかり… クーポンのせいで

最近KOBOからイタリア語メールが誤配信され(カナダだけのことだと思うけど)、そのお詫びに20%OFFのクーポンコードが送られてきた。ちょうど欲しいと思っていた本があったので、クーポン使って買おうとしたら、コード入力する前に指が「Checkout」ボタンに触れ、一気に購入してしまったので、クーポンが使えなかった。タッチパネルめ! 悔しい!!ということで「これも読んでみたいかな」ぐらいの本があったので、それも買うことにした。今回は慎重に。詐欺にあったような気がする。タッチパネルのせいだけど。 ま、これを読み始めるのはもうちょっと先ね。最近訃報がもたらされたカナダ人作家。 最近ふと思い出した。カナダに引っ越してくるまでは、私は片道一時間の通勤というのをずっとやっていたのだった。その通勤時間は自分の車の中だったので、オーディオブックをよく聞いていた。今は通勤していないから一日2時間自由な時間がある。でも家の中にいるととなぜかあまりオーディオブック聞かないな。なんでだろ。

風立ちぬ・美しい村

水村美苗がどこかで「堀辰雄の『美しい村』のような舞台で小説を書きたいと思った」というようなことを言っていたような記憶があって、前回日本帰国の折に本屋で買ってきた。宮崎駿の「風立ちぬ」のおかげで簡単に手に入った。話の内容はもちろんかなり違うけど。 新緑に卯の花のような話であった(カバーデザインがまさにそれを言い当てている)。特権階級的な香りが風に乗って八ヶ岳の山麓を吹き抜けるような話であった。アメリカのお笑いシーン的に言うと「ホワイトピープルズ プロブレム」であった。嗚呼八ヶ岳に行きたい。 米原万理の「ロシアは今日も荒れ模様」も読んだけど、これはゴルバチョフ&エリツィン時代の権力闘争こぼれ話なので、今更20年前のロシアの政治について読んでもな… だった。唯一「反アルコール・キャンペーン」については、数年前にも「ロシアの若者がビールをジュースのような感覚でがぶ飲みするが、あれにはアルコールが入っているから注意を喚起している」というニュースをラジオで聞いたことがある。 最近ちょっと昔の本ばかり読んでいる。新しい人の本を読もうかなと思うけど、ちょっと昔の本のほうがビンテージものの探索に似てなんか面白い。

PRIDE CROCHET

あと一ヶ月足らずでプライドウィークが始まるので、それのデコレーション用に編んでみた。窓に飾るか、家の前の木の枝にひっかけるか。 モチーフを繋げてみようと、いろんな形で並べてみた。元々がLGBTの旗の虹色のストライプなので、その順番で横並びにさせると、モチーフたちが落ち着き場所を見つけたかのようになるから不思議。「レインボー」が同性愛者運動の象徴なのだから、虹の順番で並べることが重要なのかと当たり前なことに気づいた。象徴って根付くと少しのずれにも違和感を感じるな。でも逆に、本筋からやや逸脱したければ、虹のように並べなければいいのか、などと… 考えているうちに、繋げられなくなった。 近所に住む熟年のゲイの人が「プライド・ウィークになると、なんかゲイ文化がすっかり性的なもので埋め尽くされるからいや」と文句を言っていた。私は、パレードのスポンサーに大企業が多くて、誰のためのプライドなんだかよく分からなくなってるよな、と思う。そんなわけで毛糸で応援… というのはウソで、毎年飾っているプライド・ポンポンに飽きてきただけ。まあ、セックスから程遠く、大企業が見向きもしない、平和でのどかなニットってトコです。 週末、ヘイトクライムの現行犯を目撃してしまった。インドやパキスタンの人が多く住んでいる通りを黒人の若い男の子が、ターバンを頭に巻いたおじさんを通せんぼしたかと思ったら、突き飛ばした!マサラ・ドーサを腹いっぱい食って幸せに満ち足りた日曜の午後のことだった。 もうひとつは、クリスマスギフト交換する程度の知人の清掃のおばさんが、男子トイレの掃除のため中に入ったら、中近東系の男の人がいて、掃除のおばさんに危険を感じたとかで、その人が警察を呼んじゃった! そのうち、Do The Right Thing みたいなことになっちゃうよ。夏が近づいてるしな。

羊の毛刈り

Riverdale Farm というトロント市が運営する農場が近所にある。オンタリオ州で昔よく見られた小規模の農場を再現しつつ、市民が集う公園となっている。近所とあってここへはよく散歩に行くし、動物を擬人化した物語を書いているので動物の観察にも行く。 今週末は羊イベントがあり、毛刈りから、羊毛の洗浄、原毛作り、紡ぐところまでを見せてくれた。もちろん毛刈りが一番の見所。 格闘技。おばさんの髪の毛が羊風。 手動の毛刈り機(たぶん今はあまり使われないのかもしれない)と電動タイプのものとで、羊を小屋から一頭ずつ引っ張り出してきては毛を刈る。刈っているのが女の人というのがまたすごい。羊によっては、観念して大人しくしているのもあれば、ジタバタと往生際の悪いのもいるところ、両足で技をかけるように押さえつけて動かないようにする。羊の体を転がしながら、全体的に毛が繋がるように刈るので、最後は羊の毛皮が一枚出来上がったような按配となる。「羊の皮を借りた狼」というのは、この毛刈りの後の毛皮を被った状態のことをいうのかな… 同じ公園内で、おばあさんたちが、羊の毛を洗い、フリース状にしたのを紡いで毛糸にしていた。「ミトンを編むのに必要な毛糸を紡ぐのに3時間はかかる」とのこと。「私は12時間はかかるわ!」と反論もあったので、まあ一日はかかる仕事だろう。紡ぐのもかなり面白そうだったが、編む時間が減る現実に直面し、糸紡ぎを趣味とすることは諦めた。一応糸紡ぎクラブの話は聞いてきた。 この後、農場の隣にある古い墓地(Toronto Necropolis)を見学。普段は一般公開されいないけど、Doors Open Toronto というイベントのため中を歩いて見た。トロント市初代市長とか、最近の人では、カナダの新民主党党首だったジャック・レイトンのお墓がここにある。 金曜の夜にパブで「ちょっとそのカバン取って」といわれ、体を捻って取ろうとしたら、膝がどうにかなって、今歩行困難。歩けるけど、走れない。

孤高の人

藤原正彦つながりってことで、その父、新田次郎。「山の人」のイメージが強かったので、きっと私が喜んで読む話ではない、なとど思い込みをしていたが、それは間違っていた。 冒頭で既に結末が明かされているので、どのタイミングで?誰と?コイツとか?あの人とか?などと余計な憶測をしながら、急かされるように読み耽った。下巻中盤以降はもうツライ。「そこではっきり言わなければダメ!」と本を握る手に力が入った。力みすぎて顎が痛い。 この話でいうところの「孤高の人」とは、単に自己の世界に頑なに閉じこもり、孤独を厭わない人をいうわけではない。仔細に物事を調べ上げて未知のもの理解し、自分を取り巻く雑多な情報から結論を導き出すことができ、他人に容易く感化されることなく、自分を距離を置いて見つめることができ、自己責任で行動が取れる人をさす。そして一般に誤認されがちな性質、たとえば孤高と頑迷、上下関係と隷属関係、一徹と執拗、物静かさとテレなどなどを巧みに対比させることで、ますますその「孤高さ」が光っていく話だった。特に、不安がとりまいていた第二次世界大戦突入前の話だから、頑迷な人や世間あるいは時代のネタには事欠かない。 最近、ネットでニュースを読んでいると、関連記事がズラズラと表示される技術のせいと、時勢もあって(アジア情勢とか)、「私は煽られている!」と感じることがとても多い。だから「携帯を持たない」ことを貫いている友人・知人を、ネット世界との付き合い方が上手い、現代の孤高の人と尊敬して止まない。 先日、文芸翻訳に造詣の深いカナダ人の真ん前で、ざっくばらんに話をする機会があった。自己アピールできる状態ではあったが、やっぱり私には直球は投げられない。ライ麦畑の2つの和訳の話と、本人が目指しているかどうかは別の話として、村上春樹が本を出すたびに商機を狙った人々(企業)が諸手を挙げて褒めちぎる(というか売る)様子がその経済効果は認めるけど嫌いだとか、村上春樹が築いた財産の行方の希望的観測とか、私の柴田元幸さんラブについて語らせてもらった。しかし、一夜明けて、やっぱり「なんかあったらお手伝いさせてください」ぐらいの一言はしっかりと目を合わせて言えばよかったのではないか、などと後悔もちょっとしてみた。もう遅いけど。

薄いポンチョ – 機械編み

ずっと前に買った超極細のアルパカシルク。段染めと単色のストライプで、機械編み。特に何を作るというわけでもなく、スワッチとして編んでみたけど、もったいないのでポンチョにしてみた。 この2色で 裏も悪くない。より素朴な感じ ストライプの出方が可愛い。そのままだと間抜けな感じがしたのでタッセルも付けてみた。蝶結び。薄い羽織ものなので、そのままクシュっとさせて首巻にしてしまえる。いいかも。

ベーシックな黒のタートルネックセーター

ほうやっと完成させたと思ったら、トロントから雪は消えてなくなっていた。春が来たはずなのに、5月半ばなのに肌寒い。かといってこんなセーターを着るほどでもない。 これはアメリコの Tupelo というタートルネックセーター。長方形のデザインなため身頃は幅広だけど、袖がスリム。あと、ゴム編みの部分がストンと下に落ちるように、ゴム編みの部分のほうが身頃本体より目数がうんと多い。両脇にスリットも入っている。シンプルだけど、なかなか細かい気配りのあるデザインであった。 おしりが隠れるほど長くしてチュニック風にした。おしゃれは一切したくないけど、外出必至のときに活躍すること間違いなしのチュニック。 袖口から目を拾って袖を輪に編んでいったので、適当に袖の長さを様子見ながら決められるというのもよかった。短い輪針を購入し、サクサクと編めた。全部メリヤス編みだから簡単だけど、編む面積は広い。 タートルネックの部分の二目ゴム編みは、Tubular Bind Off という二目ゴム編み止めだけど、輪針2本で表編みと裏編みを分けてから、編み止める方法にトライしたら面倒ながらも簡単だった!今までなぜこの方法にトライしなかったのか!目からウロコだった。 毛糸はAmerico Dehaired Baby Llama。高い毛糸だけど、洗っても美しさを保つし、毛玉ができないので、長い間着るものにはお勧め。以前、同じ糸でシンプルなVネックカーディガンを編んだけど、家の中ではすごく大活躍。何度も洗って着ている。 Americo Dehaired Baby Llama、6 skeins US5