毒親で思い出した件

なんか最近「毒親」ってのをよく目にするね。読めば「そうかぁ」と納得する内容だけど。そういう毒親ってのとは全然レベルは違うけど、大人へ成長していく段階で、「ひょっとして自分の親は思っていたほどXXXなわけではないかも…」と気づいてしまうときってのはあるよね。 私の場合、小学校高学年あたりで、「梅干しはアルカリ性食品」というのをどこかで読んで知り、夕飯のときにそう話したら、父親に「嘘つき!梅干しがアルカリ性のはずがない!」と言われて、泣いたことがある。悔し涙を拭いて、後で一人で悶々としているときに「ひょっとして、お父さんには知的好奇心がないのかもしれない」「自分の知らないことを人に言われると感情的になるのかもしれない」というようなことを、小学生レベルでぼんやりと考えたのを覚えている。あれが、ネットの時代なら、その場ですぐ検索して身の潔白を証明することができたのに。 で、その頃の私は、若干、気持ち悪い子供だったので、日記にいろんなことを書いていたのだけど、新しく日記帳を買ってきて、その見開きページに記念になるような、深遠なかっちょいい言葉を書きたいな、と思って 「梅干しはアルカリ性食品である」 と書いた。親が親なら、子も子… この頃の私は、今思い返しても気持ち悪かった。時々、習字の道具を出してきては、墨をすって、半紙に、自分が本当に友達だと心から思える人たちの名前を筆で書き、それを畳んで仕舞っておく。で、またそれを時々、引っ張り出してきては、そのリストを筆で書き換えていた。心理的には、藁人形を作ってるのに近かったかも。 そういえば、親に「ごはんおごって」と言われたときに、親子関係が逆転したことを身に沁みて感じたと言っていた人もいたな。

ライティングのクラスのその後

自分が書いたストーリーの「出だし」の15ページを提出したのが先週。今週はそれの批評。講師とほかの生徒から授業中に意見をもらったけど、プリントに書き込まれたコメントももらった。「この単語の選択はちょっと違和感ある」とか、「これって陳腐じゃない?」とか、「もっとここは膨らませて」「削って」なんてのは、同じ土俵に立っていると認めてくれているわけだから、うれしかった。英語の間違いの指摘ばっかりのコメントだったら落胆してたと思うし、逆に「英語ちゃんと書けてるね」みたいなコメントをもらっても全然うれしくなかったと思う(クリエイティブ・ライティングのクラスだからね)。あと、みんな同じところで引っかかったようで、それも面白かった。その箇所は誰が読んでも「?」と混乱を招くみたい。書き直そう。 最後に総評を細かく書いてくれた人がほとんどで、面白かったとか、もっと読みたいとか、やる気が出る言葉が書いてあった。お世辞だったとしてもうれしい。私の書いたものに限らず、クラスメート14人中、11人はものすごく熱心に他の人が書いたものを読んでいて、フィードバックをたくさんする。ダメ出しもするけど、それは口頭で授業中にみんなのいるところでやっている。そういうやり方はとても健全でフェアなように思う。 第二言語で小説を書くのは感慨深いものがあるけど、ある程度の書く能力を身につければ、後はアイデア次第だなと思った。 別の学校で、プロのライターとペアになって勉強するシステムになっているクリエイティブ・ライティングのクラスを取った人が、「相手との力関係でコテンパンにされて、めげた」と言っていた。私は絶対にそんなところはイヤだ!! もうすぐクラスはもうすぐ終了。楽しいことはすぐ終わってしまう! また時間があるときに取ろうっと。 全然関係ないけど、トランプの国内問題と外交問題に対する「糾弾」のトーンがあまりにも違いすぎてガクッとひっくり返った(私が)のと(北朝鮮に対しては雄弁すぎ)、ツイッター弁慶なところが露呈した週末だった。

兼高かおると日本の真珠

兼高かおるの本を読んでいたら、取材旅行のおみやげには日本のトランジスタラジオと真珠のネックレスを持参していった、と書いてあった。当時の為替レートが1ドル360円、お金の持ち出しが1日17ドルだった頃の話。 兼高さんのように純粋なお土産として海外に持ち出されたわけではない真珠を私も持っている。何かの用でニューヨークに来た日本人が、真珠をたくさん持ってきていた。このお金の持ち出し制限のせいで手持ちが少なく、「買ってほしい」と言われた日系人女性が、3粒だけ、同情して買ってあげ、それが指輪に生まれ変わった。1950年代の話。 1994年、私はその女性のところに遊びに行き、「あなたにあげる」と言われてもらってきてしまった。本当にもらっていいのかどうかわからなかったから、その人が亡くなったときに、その人の娘に聞いてみた。そしたら「それは本当にあなたにあげちゃったんだから、持っていていいんじゃない?」という返事。 ボリュームのある指輪なのでつけたりはしないけど、この真珠のいきさつはとても大好き。指輪の台から真珠を外して、自分の身につけられるようにしようとしたこともあるけど、そんなことしなくてよかった! よく見ると1粒だけ小さい。今は、この真珠の産地が知りたいと思っているけど、そんなことできるのかな。

ライティングのクラス

最近クリエイティブライティングの授業を取っている。自分の仕事の腕磨きでもあるし、趣味でもある。夜間の部なので昼間仕事をしているアマチュア(だけどめちゃくちゃ書いている人)かセミプロがほとんどで、みんなどこにそんな暇があるの? というぐらいに読書している。基本、全員ひとりでいるのが大好きな人たちなのだと思う(自分を含め)。でもひとりでいるのが好きな人同士でおしゃべりするのは大好きみたい(私も含め)。 自作の小説の出だしを15ページほど書いてきて、それをクラスのみんなに家で読んでもらい、翌週にコメントをもらうという恐ろしい流れになっている。一応、悪意のあるダメ出しはだめということになっているので、殆どの人が「ここの段落のここんとこは描写が生き生きしてて饒舌でいいわね! だけど…」と言いつつ、コメントする。最初のうちは、遠慮がちに外堀から攻めているけど、そのうち誰かが、グサっ! とやると、グサグサグサグサ! と連鎖反応的にみんなが攻め出す。集団心理とは恐ろしい。たまーに一踏み込み過ぎたコメントもある。基本、相手の創作意欲と損ねるのがダメなんだと思う。 でも根も葉もないことを言う人や、読んできてもいないのに偉そうなコメントする人はいない(っぽい)。正直な、ストレートな感想をぶつけるだけなんだけど、実はそういう直球コメントがありがたいけど一番怖い。怖いけど、そのためにみんな高い授業料を払っているので(みんな身銭を切っているから必死なの)、「ほ、ほかには? なんかありますか?」と自らズタズタにされに行く。。。「じゃあ、6ページ目なんだけどさ、ここ3段落、全部要らないんじゃない?」とか「この部分はすごくいいから絶対に削除しちゃだめ」とか、素人の書いたものをよく読み込んできている。 そしてそのさらに翌週に書き直してくる、という罰ゲームも待っている。 私の番はまだ(こわいよぉ)。 私も人の書いたものを読み込むのが大好きなうえ、容赦なくコメントするのも平気で(普段の仕事のおかげ)、どっちかというと「まず、言わしてもらうよ」と先陣を切っていく人の真後ろいるタイプだったりする。外堀から攻めるにしても、さくさくと攻めてあげないと、肝心なところへコメントする時間がなくなってしまう。 コメントへのコメントもある。「私はこう感じたから、つなぎをよくするといいかも」みたいなことを言ったとして、「え? 私/俺/僕はそう思わなかった」と半数以上の生徒から反論されることもある。 とても楽しい授業だ。メンツに左右されるのかもしれないけど。 過去にも、こういう授業は何回か取っている。オンラインのコースは他人が書いたものをちゃんと読んでコメントしてくれるクラスメートが少ない代わり、「やばい」内容の読みものを目にすることがある。ワークショップは、一日ぽっきりだから、「書きたい」と言うだけで「実は何も書いていない」人が割りといて、突っ込んだ話は出来ない。「筋力をつけたい」といいつつ実際に運動していない人と筋力トレーニングについて深く語ることができないのと同じで。

アカデミー賞 2017

昨日のオスカー授賞式は本当に面白かった。スピーチに時々涙ぐんだり、ガエル・ガルシア・ベルナルが自分のことを「メキシコからの出稼ぎ労働者」と言って「壁を作ること」に反対しているのに納得したり、マット・デーモンやベン・アフレック、スティングのフケぶりを楽しんでいた。ウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイが出てきたときも、「うわぁ、ヨロヨロ!」とテレビの前で喜んでいた。 そのあと、もう最優秀作品賞も出ちゃったし、とテレビのスイッチを消そうとした瞬間に、アレが起きたので、そのあとすぐソーシャルメディアをチェックして、2倍楽しんでしまった。普段、ツイッターは「わけ知り顔」なつぶやきが多くて嫌いだけど、こういうときは楽しめる。 「ムーンライト」の受賞スピーチなんてもう誰も聞いてなかったし、十円ハゲの人が、ウォーレン・ベイティの手からカードを奪ったのも面白かったし、デイミアン・チャゼルの呆然とした顔も、そのあとのライアン・ゴスリンの顔とエマ・ストーンのコメントも面白すぎた。なんか、取り違えが逆でなくて良かった気さえした。

ライティングワークショップ

勉強会ということで、カナダのライティングワークショップに参加。英語で書く人たちで、既に書きたいことが決まっていることが前提。ノンフィクション、自伝、小説など書きたいもののジャンルは問わない。今までにオンラインでこういう勉強をしたことは何度もあるけど、それらは「書き方」を学ぶものだった。今回のは「売り込み方」だった。 既に書いたもの、または途中まで書いたものを、しかるべき相手に売り込むときに、30秒ぐらいで、文章でいうと3から5文でバシッと自分の作ったものを説明する「手口」について学んだ。いわゆるエレベーターピッチ。説明する相手はプロなので、「新しいネタ」を常に求めている。 最近、紹介文、あとがきなどを書くことがあって、もともとそういうのを書くのは好きなほうだけど、「好き」と「効果を上げるために書ける能力がある」のは別だと思って、学んでみたいと思っていた。ただ、やっているのが小さいエージェントだったし、「書きたい!」とかクリエイティブなものへの憧れや欲望を扱う商売には怪しいものもあるから気をつけなきゃ、と思っていたら、ただの取り越し苦労だった。 その場でぱぱっと書き上げ、「ハイハイ!」と挙手し、自分の「売り込み口上」をみんなの前で読み上げる。すると講師がすぐに批評し、ほかの受講者も批評する。じゃあ、もうちょっと、今度はこうしてああして、と実習を重ねる。一応受講者はみんななんらかのもの書きで、18歳から80歳までいた。やろうと思えばいつでもどのような形でも世間に作品を送り込める時代なので、プロか非プロかという境目はあまり重要ではない。 目からウロコだったのは、若い子たちが資金集めから作品を公開し、宣伝し、ギャラを回収するところまでクラウドを駆使していることだった。私も日本のとアメリカの似たような場にそれぞれアカウントはあるが、どうしていいのかまだわからないままでいる。というのも、グラフィックノベリストとユーチューバーとミュージシャンが非常に多いので。しかし、ネタが際どくて面白い。今回の受講者は、見た目にはフツーそうで、子育て中のママっぽい人か(『トワイライト』みたいなものを書きそうな人たち)、元セックスワーカー、家庭に難ありの若者、マイノリティが多かった。 翻訳でもそれ以外の文筆作業でも、結局は書いて読んでもらいたい=それで生活したい、ということなので、いつも宣伝しようとは思っている。ましてやフリーランスなので次がくるかどうかは就活どころか死活問題。でも「自分の宣伝をすることは恥ずかしいこと」みたいに思ってしまう日本的な考えがいつもどこかにあり、それにひっかかってしまうと「自慢(私事)と宣伝」の区別をきっちりつける能力が身につかないのでは、と思ってしまう。自分のことはわからないけど、たまに他を見てそう思う。

ハーフタイムショー

スーパーボウルは毎年どのチームが対戦するのかは当日まで知らないぐらい興味がないけど、ハーフタイムショーだけ見ている。今年はレディガガだった。現政権にとても批判的なガガがハーフタイムショーで何かやらかすのではないか、ヒジャブを被って出てくるかもしれない、などと噂されていた。 フタを開けてみたら、あからさまなプロテストはなくて、モモンガみたいに空中を飛んだり、最後にマイクを投げてフットボールとともに落下していくレディガガのパフォーマンスに、わたしは笑って楽しんだ。 わたしの中ではレディガガの株は上がった。いろいろ考えた末、ああいうパフォーマンスになったんだろうなと。あからさまに政治色を出して、さらに国民を引き裂くより、みんながスーパーボウルを楽しめるように決めたのかなって。 なんかこう、トランプ就任式、いやその半年前の共和党大会の頃から、イベントで歌ってくれるセレブの選択に時勢が反映されている気がする。カルチャーのメインストリーム(LGBT、女性、有色人種、移民)が、今の政治のメインストリーム(政権を握っている人たちとそれを支援している人たち)を否定しているようでいて、否定されつつもある。「自分が属する場所」を失ったり否定された浮き草のような人生を歩んできた人たちが、自分の帰属場所をがっつりと守ってきた人たちに押し返されているような、そんな感じがする。共和党大会やトランプ就任式に選ばれた芸能人に、世間は「え?」という反応をする。 去年年末あたりのニューヨークタイムズに、地域別の人気番組のリストが出ていたけど、トランプ支持者の多い地域では「何ですかそれ?」という聞いたこともない番組が大人気だった。SNLや政治風刺をやっている夜のコメディ番組もサウスパークも、そういう地域では人気がない。それにHBOなどの有料ケーブルはこういう地域では視聴者が少ないらしく、沿岸部の都市に住む視聴者の好みに合わせて番組が作られているということだった。 ちょっとたとえが古いけど、「グリー」でカート(ゲイ)とメルセデス(黒人の女の子)が「私たちがカルチャーを作ってるのよ」と言いながら殴り込みをかけるシーンがあったけど、そういうムーブメントに今反発しているのが野球帽を被ったダサそうな人たちなのだな、と構図はイメージできる。そのうち人権派弁護士とかを笑うコメディ番組が主流になったりして… 今トランプ政権が鎖国的な移民政策を取っているけど、「わたしの親も移民だった」と誇らしげに言いながら反発している人を見ると、わたしはちょっと居心地が悪くなる。別にそれが嫌なわけじゃないけど、そういうことを堂々と言えるのはすっかり米国市民になっているから。移民の中には永住権とか就労ビザしか持たない人も多い。納税もし何年もアメリカで暮らしていても選挙権がないから、投票によって意思表示をすることができない。だから一番最初に槍玉にあがっているのを知っていると思う。彼らに代わって声をあげて反対しているのはグローバル企業で、トランプ支持の人から見れば「ふーん、やっぱりな(そんなに外国人を雇っていたんかい)」という話のように聞こえるのではないかと、ちょっと心配。 その立ち位置の不安定さ、里帰りなどであっちこち外国を出入りするアメリカの移民に対しては、「国家安全のため」という大義名分も成り立つ。そういう不安定な立場の人と、アメリカがダメならどっかの外国に行って働くだけよ、と言えるグローバルな人たちが結託し、ずっとアメリカに根を下ろしている人たちと対抗しているっていう感じなのかな……  ああ、長文になってしまった。今日はヒマだから。

Women’s March

ま、間に合わなかった! ウィメンズマーチに向けて編んでたけど、作っている最中にこのデモをディスする記事などを読んでしまい、やる気が削がれてしまった。ネットやテレビで見たら、ピンクの帽子かぶってる人がいっぱい!! かわいい! ピンクのニット帽を完成できなかった人が、編み針くっつけたまま歩いているのも見た! こんな時代に生きてるなんて、何かの巡り合わせだから、私も行けばよかった! PUSSYHATを編んでいた 友達がシェアしてたサンフランシスコのウィメンズマーチには、私が昔24thストリートへ足繁く通ったニットグループのまとめ役の人が写真に写ってたし、私もサンフランシスコに行けばよかった。 ウィメンズマーチは内部の人の間でもディスった意見があって、「かわいらしさ」がダメとかフェミニストを否定するようなピンクがダメとか、ちゃらついた態度でデモに参加するなとか、そういう意見が多くていやだったけど、結局ピンクずくめでうれしかった! かわいくして楽しみながら平和にデモしたらあかんのかい!? いっぱい理屈をつけないとデモに参加したらだめなの? ピンクの万能感を馬鹿にしてるな!?「女」でひとくくりにできるわけねーだろうーが!「複雑な心象を言語化するのを放棄し」可愛らしさを象徴する色なんだぞ!(by ナンシー関) 何事も白黒つけたがる人にはわからないことでしょう。ちなみに私はピンクが大好きでもないし、嫌いでもないです。 トランプ自身を筆頭に、選挙のときに意志表示すべきだった、と怒っている人もいた。でも、たとえトランプに一票を投じた人だって、トランプの女性やマイノリティに対する侮蔑的なコメントはやめてほしいと思っている人もいるだろうし、有権者なのに票を投じなくて後悔してる人もいるだろうし、永住権しかなくて投票できなかった人もいるし、参加する側にだっていろんな事情があると思う。とりあえず、何らかの理由で不満をみんなで平和に意志表明してた人たちがとてもうらやましかった。 個人的には心に終止符を打つつもりで、就任式を見ました。就任式の受諾演説の始めまでは心穏やかに見ていましたが、途中からあまりの演説のひどさに愕然として、心を無にしておりました。 「複雑な心象を言語化するのを放棄」というのはトランプのスピーチの核でもあるよね。

世界の大富豪

世界の大富豪8人の総資産が36億人分の資産に相当する、というニュースを見ていた。ビル・ゲイツとかウォーレン・バフェットとかマーク・ザッカーバーグとかジェフ・ベゾスとか、やっぱりな、というアメリカ人の顔ぶれだった。ふと、選挙期間中にあれほど自分の金持ちぶりをアピールしていたトランプはどれぐらいの金持ちなんだろう、と気になった。そして、結局トランプは確定申告を公表することを拒んでいて、本当のところどれぐらいの金持ちなのかは憶測が飛んでいるだけだということを思い出した。フォーブスでは45億ドル、ブルーンバーグでは29億ドル、トランプの個人資産の予測も幅が広い。1位のビルゲイツが750億ドルだから、まさに1桁違う。それでも富豪だけど。 あと、マイケル・ブルーンバーグがこれほど金持ちだったことにも驚いた。こんなに金持ちなのに植毛をしないジェフ・ベゾスにも驚いた。余談だけど、私が元勤務していた会社の株価が去年年末に暴走ぎみに上昇していたので、どうしてなのかなと調べたら、アマゾンが関係していた。アマゾンはオンラインショップで収益を上げているのではなくて、クラウドでガンガンに儲けていて、そのクラウドコンピューティングに使われるチップが元勤務先のチップだということだった。ドローンで配達!とかそういうニュースばかりに目がいくのに、e コマースでは稼いでいない、ということを知り軽く目眩がした。 トランプが「自分は選挙に勝ったのだから、米国民は確定申告なんて気にしてない」と言っていたけど、候補者選びにあたり確定申告を気にした人が少なかったかどうかは別として、見たいと思っている人は多いと思うな。

返品

アメリカではいろんなものをたやすく返品できる。カナダもわりとそう。サンフランシスコに住んでいた時、近所の小さな食料品店で野菜とか果物を買っていたら、おばあさんがアボカドを返品しにきていた。家に持ち帰って包丁を入れてみたら虫食い中が劣化していたらしく、アボカドは真っ二つに切ってあった。青物を返品、というのは考えたこともなかったので私は軽くショックを受けたけど、おばあさんは真剣だった。レシートも持っていたし。 青物の返品がどれぐらい一般的なのか知りたくて、店の人の反応を見ていたら、アボカドの切り口をちゃんと見たものの、嫌そうな顔をしたので、そんなに一般的でないのか、面倒臭いのかどっちかだと思う。でも、おばあさんは返品に成功して交換してもらっていた。 多分私ならそれだけを返品しに行かないけど、確かにアボカド問題は存在する。たとえば、トマトが半分残っていて、それにアボカドを足してサラダにする、という献立をたてて買いに行ったのに、いざアボカドを切ってみると虫食い劣化してて、サラダが作れなかったとか。そういうのを見越して、2個買ってきたのに1個が虫食い果肉が黒くなっていて、もう1個がスジが入っていておいしくないとか。アボカドの見分け方が知りたい。 注)虫食いだと思っていたものは、ただの劣化で、虫食いではないことがわかった。