サンフランシスコにまた行くぞ~!

10月8日から17日までサンフランシスコに行きますわよ~! 楽しみだワン。 今回は滞在が長いので、久々にお茶の稽古にも行きます。特訓です。なんとかダイスとか難しそうなお手前をしなければならないようです。正座をしばらくしてないのに耐えられるだろうか。運良く箱根ガーデンの「箱根大茶会」があるのでそれにも久々に参加します~!利休の「大茶会」を真似た、いろんな流派の人たちが茶事を一斉に 開くという、すごいイベントです。数々のカリフォルニアの茶事の中でこれが一番好きです。天気がよいといいな~。 そして、どうやら編み物合宿があるようで、寝る間を惜しんで編み物をしたいと思います。 あまりに楽しみにしているので、気が高ぶり、翻訳料金を滞納している会社に対して寛大な気持ちにすらなっています。 ヨーロッパ旅行のおかげでまたプレミアステータスを奪回した私は、スーツケース2個までチェックイン無料だし、フライトはマイレージで買ったし、もうワクワクして、足の裏がむずむずしてます。 サンフランシスコの人たち、遊んでね!!!

日本文学パネルディスカッション

「翻訳家・柴田元幸と作家・古川日出男の文学対話 ~FUKUSHIMA後の日本文学~」というのに夕べ行きました。一応翻訳業に携わっている身なので柴田さんをナマで見たかったし。 おほっ。イベント開始前に柴田さんとサシでお話しましたわ!気さくで好奇心たぷりな方でした。私の方が質問されました。 古川日出男と柴田元幸の対談が主だったけど、古川さんがしっかりとよく話す人だったので、みんな引き込まれるように静聴していました。FUKUSHIMA 後の日本文学ということで、話はまず「3月11日に何をしていたか」から始まり、そこから何をどんなふうに書き始めたかということに触れ、古川日出男、川上弘美、詩人の小澤實がそれぞれ、今回の震災後に書いたものを朗読、その英訳もカナダ人が朗読しました。創作の苦しみやその経過を知ることができてとてもよかった。私も書くのが好きなので勉強になった。英訳も参考になった。通訳もすごくよかった!きっとすごく準備したんだと思うな、あの通訳さん。 古川さんが 311 という呼び方が 911 みたいでキライだと言っていたので、今後、震災の影響を受けた創作活動はどうなるの?と思って質問もしました。質問はね、911 後の10年を振り返る特番がテレビや新聞でたくさん組まれたけど、アメリカとカナダではその振り返り方が違ったし違って当然だと思うけど、震災後10年経ったときに何か書きたいか、書くとしたら何を書きたいか、誰に向けて(日本人か世界に向けてか)書きたいか、ということを知りたいと思ったのでした。でも、答えは「10年後のことはわからないですよね」みたいなことだったんですけど。←別に10年という単位にこだわったんじゃないけどね。でもきっと10年の節目に「何か書いて」って言われるかもしれないしさ。でもイベント後、川上弘美さんが「いい質問でしたよ」って言ってくれた。社交辞令かもしれないけど、わざわざ言ってくれたんだから喜ぼう。 それでパネリストの人全員に握手を求めて帰ってきたわけですが、古川さんと握手してるときに福島出身の人だし、 「あ、私、編み物で支援活動してるんですぅ~」 って言ってみましたが、やっぱりこの「編み物」という言葉の与えるイメージに問題アリかも、と思いました。というか、そんなことをわざわざ言う私に問題があるのかも。 そんなわけで、人一倍楽しめてヨカッタっす。

ちょっと~、アイリーン

大型ハリケーン、アイリーンが近づいているじゃないの!飛行機飛ぶかな。 翻訳終わらへた。 翻訳版出たら、みんな買ってね~! って、日本語で読めばいいか。 三重県が舞台。三重県にパノラマ。 三重にハマリ役でした(内容、金にならない、出版側と共通の友人知人が結構いた)。 むしろ半導体の翻訳のほうが私っぽくない。 久しぶりのマンガ翻訳でございました。 (お金にはならないけど。しつこいようだが。)

明日からヨーロッパ

明日からヨーロッパに行きます。バルセロナ、アテネ、クレタ島だよん。 私は付き添いで教授は仕事です。教授はやらなきゃならない仕事が多すぎてストレス&疲労の絶頂にいるみたいで、コワイ。そんなわけで私は添乗員役なのですが、私は風の勢いに任せて旅しても平気なタイプなので、なんとなく「そんな私」にキレそうでちょっと怖い。私も TJWK と翻訳と旅の準備と云々でそれなりに忙しいわけですが、ブログっている余裕があるあたりがまさに、「そんな余裕があるんなら...」と突っ込まれかねない状態です。 とりあえず、例の翻訳も終わらせたし、ユーロも用意したし、パスポートさえ忘れなければ、大丈夫。 ってね、機嫌が悪いときに「大丈夫だって~」という発言しただけで、「何を根拠に大丈夫なの?」って言われるもんねー。 大丈夫って思うことが私のサバイバル能力なのに。 あ、別にまだキレられたわけじゃない。 経験的にそろそろ来そうな気がするというだけ。 きゃ バルセロナでは盗難が多いらしいよ、と言うので「大丈夫だって。気をつければ盗難に合わないって。」って言ったらジロっと見られたわ。私は盗難に合いそうなタイプに見られるけど、まだ盗難に合ったことはなく、盗難をした疑いを持たれたことはあります(トルコで)。無実は証明されたけどね。 そんなわけで行って来ます。

忘れることが大事

茂木健一郎の連続ツイートで、「忘れることが一番のアンチエージング」っていう逆説的な記述があった。記憶に関するものだったけど、目からウロコだったけどすごく納得。 自分のメモ用に勝手に引用します。 記憶は脳のもっとも大切な機能の一つであるが、一方で若さを失う原因にもなる。すでに学んだことでなんとか回していけるから、向上心を失う。また、ネガティヴな体験にいつまでもとらわれていると、新鮮なチャレンジ精神がなくなってしまう。 無意識の中の記憶から自由になるためには、逆説的だが、一度それを思いだして意識の中に呼び戻さなければならない。意識化することで、凝り固まっているコンプレックスを解きほぐす。思いだすことで、ようやくのこと、安心して忘れることができるのである。 どのようにして、無意識を意識化するか。一つの手法として「フォーカシング」がある。自分の心の状態をメタ認知して、そこに何か感じられるもの(felt sense)を探りあてる。関連して思い出すこと、気になることを、無意識の暗闇に光を当てるように見つめていく。 ニーチェは、「ルサンチマン」(恨みの感情)こそが、人を堕落させるものだと看破した。ルサンチマンと、それに基づく攻撃性は、精神を急速に老齢化させる。無意識の中に凝り固まったルサンチマンから自由になるためには、一度思いだして、それから忘れることだ。 人間にとって、自由になるのは「今、ここ」から先の「未来」だけである。心がけ次第で、今この瞬間に「革命」を起こすことはできる。しかし、そのためには、「忘れる」ことが必要である。忘却の新鮮作用こそが、私たち人間を若々しく保つ、単純で深遠な手法なのだ。 そーなのよー。大したことじゃないけど、翻訳してても編み物してても、簡単な作業をしているときに「気にかかっていること」がどんどんと思い出されて、作業の邪魔になる!そういうときメモにささっと気になることのキーワードだけど書き留めておくだけで、また集中力が戻ってくるんだよなー。To Do リストもそういうために使うよね。

それは決定打

友達(男)が4ヶ月ぐらいある女の子とデートしてるんですが、そんなに芳しくないみたいで、最近「決定打」ともいえることが起こりました。 「進化論を頭から否定している」 んだそうで、 「牧師様がそう言ってるから」 「牧師様が教えることを否定するアナタにびっくり」 という発言があったそうです。信心深いことは私も知っていましたが、これは意外でした。 彼的には、彼女が信心深いことは別にマイナスではないのですが、「進化論を否定していること」と、否定の理由が「調べた結果」とか「考えた結果」といった彼女の分析力によるものではなく、「牧師(教会)がそう言ってるから」という一言だけという点が大きなマイナスで、自分で考えた結果の上ならまだよかった、とこぼしていました。 二人は eHarmony で知り合ったのでかなり真面目に将来の相手を探してるわけなんですね。 それで、「子供だってほしい」という希望の彼に、「お父さんがサイエンティストで子供にもサイエンスを勧めたいと思っているのに、お母さんが進化論を頭から否定してる家庭は難しくない?!?!?」と素朴な疑問を投げてみました。投げるまでもなく彼の中では決着のついている問題だったようですが。 この「分析力なし、他人の言いなり」という部分はこの「進化論事件」の前から匂っていたようです。なんとな~く、私もそうではないかとにらんでいました。でも彼はもしかして「自分の言いなりに動いてくれる女の子」が好きなのかも?と様子見してました。でもそういう子はダメらしいです。 eHarmony って実際に会うまでにいろんなアンケートに答えないといけないらしいのに、進化論に関するような質問はなかったのね、とちょっと不思議でした。だって、ここんとこ、普通に信心深い人ですら大きく意見を分かつよね!!

サンフランシスコのメキシコ料理

トロントに結構おいしいレストランはあるんですが、おいしくて安いメキシカンレストランはありません。ブリートが8ドルとか9ドル平気でするので目ン玉ひんむいてしまいます。しかもおいしくない。アボガドとかカナダで食べてもおいしくないし高いし。 そんなわけでサンフランシスコに行けば常に激安でおいしいメキシコ料理を食べます。今回都合よくミッション地区で仕事があり、久々に Mission & 25th のタケリヤに!私はこの近所に1年間住んだことがあり、このタケリヤが一番好きです。やっぱり食べなれたものに関しては人によってかなり意見が違うので、みんながここをイチオシするかどうかは疑問ですがかなりの人がオススメすると思います。私が住んでいた16年前とは周囲がすっかり様変わりして、ちょっとはマシな感じになってきたと思います。私が住んでいた頃は、タケリアの斜め向かいぐらいに Cesar's Latin Palace というサルサのクラブがありました。今はもうないけど。Mission & 24th の BART の駅を夜11時以降に降りたりしたときにはちょっと怖くて走って家に帰ったものですが、今はそんなかんじでもなさそうだし。 で、ミッションストリートと20thを東の方に歩いていくと、この看板が健在でうれしくなって写真をパチリ。 それに怖い目にもあったことあるミッション暮らしだったけど、今は懐かしい!! この後友達と RANGE で夕飯。不景気って言われているけど「え?不景気なの?」と思うほど繁盛してるレストランです。おいしいカリフォルニアワインがある店がいいなってことでここに行きました。

サンフランシスコの夏服の報告

そうそう、結局サンフランシスコの夏服については、いろんな人たちから薄着を止められ、下着、長袖シャツ、カーデガン、スプリングコート、スカーフに、ジーンズ&靴下&靴でした。 会う友達がみんな同じように厚着してました。街の中ではブーツ&タイツ、フリース、ジャケットを普通にみんな来てました。サンノゼから来た友達は車の中に UGGS のブーツを入れていて、「サンフランシスコは寒いからな」と靴を履き替えていました。 今回アウターリッチモンドに宿泊していたのですが、夜は湯たんぽを入れてもらいました。 ミッション地区で用事があり出かけて行くと、そこは青空。Divisadero の辺りがやっぱり霧の世界と青空の境界線のような気がします。だから Divisadero というのね、きっと。 今回は友達からの吉報が多かったです。妊娠や出産関係、新しい出会いなどなど。幸せそうな友達の顔を見るのはよいものですね。 4日間しかなかったから買い物する時間もあんまりなかったけど、唯一 ImagiKnit に行って毛糸買いました。店員の男の子に2年ぶりに会ったのですが、すごいロンゲに変身していました。「ストライプとか迷彩柄にならない段染め糸」を探していたのですが、ちゃんと探してくれました。染め方によってストライプにならないので、その見分け方も教えてもらいました。さっすが~!オンラインで毛糸を買うと、こういうこと教えてもらえないよね。まあでも値段が全然違うから大量に買うときはオンラインになるんだけど。。。 あ、アメリカの政治グループの Tea Party のことを日本語で「茶会」と書いてつぶやいたら、お茶関係の友達に「何かあったの!?」と聞かれました。違うんです。日本語で「てぃーぱーてぃー」とタイプするのが面倒だったから「茶会」と書いただけです。お茶関係で揉めてません。稽古行ってないし。紛らわしくてスンマセン。

わんこ風パンケーキ大会

サンフランシスコにいる友人がパンケーキの腕を磨きに磨いたらしく、トロントを発つ前から「サンフランシスコでパンケーキ食わしてやるからカナダのメープルシロップ頼む」と伝達がありました。この知らせが来たとき、私はパンケーキをド忘れしていてパウンドケーキのようなものを想像して、「それってパン?それともケーキ?」と聞いたら、「ホットケーキのことだよ」と返事が返ってきました。 手芸部の面々が集まる中、パンケーキパーティが始まりました。食べても食べても新しいパンケーキが皿の上に飛んでくるので、5枚は食べました。とてもウマかったです。 「パンケーキするから」 というと、本当にパンケーキしかない、というのがサンフランシスコ手芸部の流儀だったことを思い出しました。 「パンケーキってことは昼に集まるのね?晩御飯はどうするの?お好み焼き?」 なんて口走ったら、晩御飯はお好み焼きになっていました。これも手芸部の流儀でしょう。たぶん、別の友達と集まったら、「ええ~?!夜は違うものにしようよ!」と反発されるのがオチです。お好み焼きは2枚食べました。 丸くて平たいものばっかり食べたので、「丸いモチーフもいいな」と思い始めました。 食べていない間は Think of Japan While Knitting のモチーフを編んでくっちゃべっていました。夜の1時ぐらいまで。12時間ぐらい食っては編み、しゃべりちらかしていたことになります。真夜中過ぎた時点で、「タクシー呼ぼう」と電話したら、住所を告げたとたんに 「今夜は市内で色んな大イベントがあったので、タクシーは道で客を拾うのに忙しく、その住所に向かわせることは難しい。でもトライする。プチッ」 と電話を切られました。トライするって言われてもな、と30分待っても来なかったからあきらめて、寝袋を広げて「おやすみ~」と消灯して眠る体勢に入ると、タクシー到着。友達と二人でバタバタと外に出てタクシーに乗り込んで帰りました。 タクシーの運転手はインド人っぽく、運転しながらものすごく香辛料がきいてそうなおやつを食べていました。そのせいでちょっと目が覚めました。降りる時「今日は本当に忙しい中 41ストリートまで来てやったんだからさ~」とお仕着せがましく言われたので、1ドル余分にチップをあげました。ウェルカム トゥー ユーエスエー。

シアトル&サンフランシスコから帰ってきた

アメリカ西海岸遠征から帰ってきました。帰ってきたくなかったけど。シアトルのほうがサンフランシスコよりも温かかった。どっちも海辺の町できれいだったわん。 バンクーバーからシアトルへはプロペラ機で。 シアトルの滞在ホテルからの景色。 やっぱり「ツインピークス」が撮影された North Bend に行ってきた(2度目)。チェリーパイも食ったし大満足。そしてオリンピック半島を長時間ドライブしてきた。「トワイライトツアー」じゃなくて(全然ファンじゃないからね)。きれいだった。そしてワシントン州&オレゴン州のワインを満喫。 サンフランシスコでは友達との再会のハシゴ&プチ仕事で、只今完全燃焼気味。どの友達と会っても「人生七転八起」で、いろんな話が聞けて楽しかった!仕事では、出版社の人と意気投合して(と勝手に思い込んでいる)、「キミ、この本絶対好きだと思うよ」とお土産にもらった絵本が「真ん中ストライク!」のドンピシャで大騒ぎ。「早く帰れ」テレパシーが送られているにもかかわらず、長居してしまいました。しかも共通の友人が何人かいることが判明したし。きゃめゆきちゃんのおかげだわ~。謝謝。 帰りはブランケットをスーツケースに詰め込んで帰ってきたよ。 とりあえず荷解きして、これからいろいろ思い出しながら日記書いていこうっと。