今日の夕方は教授が指導をしている大学院生とインターン&その人たちの伴侶をウチに呼んで飲んでしゃべりました。総勢20人がやってきて、家の中がパンクしそうでした。 飲み物やおつまみ用意するのが大変でした。なぜこれを家でやりたかったのかは察しがついているので反対はしませんでしたが、結局その飲み会の間も私はお相手するはめになり、今午前3時半ですが、お目目がぱっちり開いて眠れません。次回からはやっぱりレストランでやってほしいです。 というのも、夕べから教授がやたらと家の掃除をしたがり、「20人も来たら、埃も見えなくなるし、すぐにまた家が汚れるから、掃除しなくていい!」とケンカしていたので。挙句の果てには「家の中にどっちのモノが多いか」というケンカに発展したのでした。どっちの荷物も多分量は同じなんですが、私から見ると教授のものはどうでもいいガラクタが多くて、「捨ててしまいたい/捨てるべき」アイテムであふれています。私のものはすべて「大切なもの」なんですが、トルソーとか編機とか、ミシンとか、茶釜とかどこにも収納できないものが多い。趣味グッズが多いし。それを量の問題で片付けられてはなっ!!!と腹立たしく思ったのですが、決め手の「テメーのものはガラクタが多い」とは言えませんでしたわ。「火に油」なセリフだもんね。ああ、でも家にジャッジ・ジュディを呼べるものなら呼びたい瞬間でした。
Category: 雑記
新しい50ドル札とコイン
100ドル札に続き、50ドル札もポリマー紙幣に代わりました。 透けてますね。 最近カナダの硬貨や紙幣には大きな変化がいくつか。 ペニーが製造されなくなりました。 1ドルと2ドル硬貨がうすっぺらくなりました。自動販売機などでは薄すぎて使えないところもあるらしい。 要は、硬貨を作るのにお金がかかるので経費削減対策なのですよね。 私は記念切手やコインに弱いタイプです。だから新しいのが出るとわざわざ銀行に行って交換してもらったりしてますが、集めても仕方ないかなと使ってしまう... でもエリザベス2世の記念コインはやっぱり欲しいかも。 http://www.mint.ca/
Doi Chaang Coffee
アメリカに住んでいたときは長距離運転することも結構あってセブンイレブンは立ち寄ることもあったけど、カナダに来てからあんまり行ってなかった。 久しぶりに立ち寄ったら、ドイ・チャーン・コーヒー (Doi Chaang Coffee) なるものが、セブンイレブンで取り扱われている... しかも、「USDA」印のオーガニックでフェアトレード。お値段もスタバに比べれば安い。いいこと尽くしというわけにはいかないので味は薄いけど。Tim Hortons のコーヒーが好きな人なら結構いいと思う。 セブンイレブン店内でちょっとテンションあがってしまい、ドイ・チャーンの写真をパチパチ撮っていたら、店員に「Is there anything wrong?」とマークされたわん。いろんなフレーバーも用意されているけど、セブンイレブン特別フレーバーがあった。なので、ドイ・チャーンフレーバーとセブンイレブンを1つずつ。 支払おうと思ったら、ホットドッグがくるくる回っているトコに、ホットドッグと同じ形になったハッシュブラウンとかメキシカン・スナック(?)が同様にくるくる回転しているので、「コレなあに?!?!」とまたテンションをあげていたら、店員さんが、「いろいろ興味があるみたいだから、サービスであげるよ。また来てね。」と、いろいろとタダでもらいました。 セブンイレブンでこんなに積極的なサービスを受けたのは生まれて初めてです。 ドイ・チャーンはタイのコーヒーらしい。 ロゴになってるターバン巻いたおじさんが厳しい顔してるのもちょっといいわー。
週末色々 Super Moon とか
週末はスーパームーンをお月見しつつ、お友達を呼んでワイワイおしゃべり。スーパームーンは期待が大きすぎたせいか、普段そんなに月にこだわっていないせいか、どこがそんなにスーパーなのか分からず、ちょっとがっかりでした。月の出のころを狙ったほうがよかったのかな。 翌日は80歳のおじいさんの誕生日会に行きました。おじいさんは「長生きしてると友人知人も増えるもんだ」と挨拶していました。年齢を超えてみんながワイワイおしゃべりしてるのがとても心地よかった。 このおじいさんは大きな功績を残している人なので、カナダ賞が受賞できるように教え子たちが申請しようとしているのですが、その件で教授はとある人にお願いごとがあって、私も一緒にその人と話をしていました。国内外の著名人から推薦状を書いてもらわなければならないんですね。推薦状を書いてくれる人の打診をしてたわけです。「ふうん。じゃ、ビルゲイツに頼んでみよっか」ってその人はフツウに答えました。その人もおじいさんも、今私たちが指でなぞっているマルチタッチの先駆けとなる技術を開発したのだそうです。70年代に。今に至るまでそんなに時間がかかるんだねー!「どんな気分ですか?今みんなが人差指でタッチしてるのを街場で見るのは?」と聞いたら、「別に特別な感じしない」って全然ふくらましなしで素で返されました。でも「糸電話覚えてる?糸電話ってすごくない?」と突然聞かれました。話を聞くと、糸電話は1つの紙コップがマイクとイヤフォンの両方の役目を話すところがすごい、ということで何やら今はそのような研究をしているのだそうです。難しすぎてよく分かりませんでしたが、ひらめきは糸電話からなのですね。なんだか難問について相談すれば親身になって考えてくれそうな気がしました。難問は抱いてませんけど。
ワインが来たワー!
届いたわ!13th Street のピノ ノワールが。 電話がかかってきたとき、向こうが一言も発していないのに、「ワインの配達でしょ?」と第六感を働かせる私。 配達代は 13 ドルだった。郵便局じゃないから安いわ。 これは教授の誕生日プレゼント(誕生日は7月)。7月まで持たないわ。どうしよう。
ZIPCAR の諸々
諸般の事情でプリウスは運転できないため、用があると ZIPCAR を使ってます。ところが、最近 ZIPCAR のポータルに車を取りに行っても車がないことが 2 回立て続けに起きました。 1回目 前に借りた人が間違った場所に車を返したため、車がなかった(同じ場所に返さないといけない)。ZIPCAR に電話すれば、その事情はすぐに判明する。そして最寄のポータルで空き状況を調べてくれた。 2回目 前に借りた人が大幅に遅れたので(罰金高いぞ!)、ZIPCAR に電話したら最寄の空き状況を調べてくれて、次のポータルがちょっと遠かったので「タクシーで行ってもいいよ。後で領収書送ってくれたら返金するから」と。そんなに急いでいたわけでもないので徒歩で行ったけど。無料でレンタル時間を1時間延ばしてくれた。 ZIPCAR などは都市部では利用者が多くて便利だけど、その分、あるはずの車がない、という状況に出会うことも多い。私の家の目の前にポータルがあるけど、そこはかなりの人気スポットなので、そこで車を借りようとすると前もって予約を入れておかなければならないような状態かも。 まあ、突然変更されて「イラっ!!」とする人には不向きなサービスであることは確かかも... 2回ともマツダのセダン借りたけど、ハッチバックタイプのプリウスに慣れきっている私には、トランクが不満でした。そもそも大きなものを買い物するために借りているのに、荷物が入りきらなくて買った商品を返品するハメになりました。
カナダ個人事業主向け税金セミナー
必要に迫られ無料でもあったし、このようなセミナーに行ってきました。 大きなことをザックリ知りたい場合は、ネット読み漁るより手早いですが、参加者の中には「あわよくば自分の個人的な税金問題に答えてもらいたい」という人もいるので、自分には関係のない話を聞かされるはめになることもありますが、概ね良かったです。大体のことを知ってからネットで必要なものを読み学ぶことができるから。 セミナーは3時間程度ですが、基本は最初にパパっとさらうので、そこを逃すとついていくのが大変なので、遅刻するぐらいなら別の日にずらしていくのがよいと思います。無料だし。 カナダはカナダで、アメリカとは事情は違うからさ。 それに翻訳以外のこともしようと思っているからさ。 勉強になりました。バカっぽい質問もしたけど、全体的に「わからないことだから教えて」ムードだったので質問しやすかったです。「ここ読んどけよ」と山のようにあるガイドの中から「はずせないやつ」教えてくれたし。 サラリーマンのがよっぽど楽ですね。でも今はサラリーマンじゃないから仕方ありません。 セミナーの途中でちょっとした話合いになり、参加者のほとんどがその話をしていました。ところが、突然おっさんが「質問があります!」と挙手するので、教えていた人が「何ですか?」とおそらく話合いしている内容に関しての質問だろうと予測して、このおっさんに話すチャンスを与えてしまいました。 そしたら、おっさん、話題変更。 アタシは内心びっくりしたわー!でもそれをきっかけに話し合っていたことも立ち消えになり、結局アレはどうなったんだろう?というか何を話し合っていたんだっけ?と思い出すことすらできません。 あのような、大胆不敵な「会話のブチ切り」は初めて体験しました。コミュニケーションにおける新技を見たような気がします。自覚がある上で遂行するには勇気の要る技ですが。
ワインの大人買い
カリフォルニアから帰ってきていきなり Gilead Cafe の特別食事イベントに行ってきました。2回目だけど、高いけど、オンタリオ州の食材だけを使った本当にウマイ食事なので、試す価値はあります。ワインもオンタリオ州のワインだけ。カリフォルニアワインに慣れ親しんできた私にはいろんな意味で衝撃的です。 今は Wild Leek というねぎみたいなやつが旬なのですね。火を通したのと生が出てきました。生だと辛い。 パンもこのレストランで焼いているそうです。しかも Heritage Flour で。ヘリテージフラワーって何のことか知らなかったんですけど、昔からカナダにある品種の小麦から作った粉で作ったパンなんだそうで。そんなことにとても詳しい人たちと食事するのですから、「地のもの」とか「旬のもの」を大切にする食文化がひっそりとあるんだな、と感心。このヘリテージフラワーは、私がよく食べる「St. John's Bakery」のパンにも使われている、と人に教えてもらいました。しかも、「あそこのパンを食べるなら直営店に行くのがよい」と。直営店はウチから近いので買いにいけますが。ま、私はそこまでグルメじゃないですがね。 で、ワイン。 今回は私のお気に入り中のお気に入り 13th Street Winary のワインとのペアリングで食事。「リーズリングはキライだけど、シャルドネは好き」などと種類で差別的にワインを楽しむ人とは違い、私は何でもゴクゴク飲みます。今回 13th Street が頑張って用意したと思われるピノーノワールに舌鼓を打ち、「おかわりは一番先に私のところに注ぎにきてね」とウェイターに囁くほど貪欲になり、もっと飲みたい!という想いがとまらず、ケースで注文してしまいました。っていっても6本だけどね。早く来ないかしらん。 一応教授へのプレゼントということで注文したんですがね。
お茶の稽古やら色々
今回のサンフランシスコ滞在もあと一日。昼は天気いいけど夜は嵐みたいな天気な日が多かったな。 今回は裏千家家元を招待してのイベントもあったし、許状をもらって難しいお稽古したりと、お茶ずくしな感じでしたが、それ以外にもまたいろんな友人知人と再会して、とても楽しい一週間でした。 そういえば、お茶会でこんなサンフランシスコの「ご当地茶碗」がありました! 金門橋茶碗! かわいいなー。 今日も午後からお稽古。ナントカ台子。 そのあとは、友達の家に行って編み物合宿。オールナイトで。 そして、モチーフや完成品とスーツケースに詰め込んで、トロントにお帰り。でも、エアカナダのパイロットが集団で「病欠」と称してストライキなので、その動向によっては帰れなくなるかも。 月曜日からフルに忙しいので迷惑です、エアカナダ。 毎日毎晩いろんな友人知人に会ってしゃべっても、話しきれないことがたくさんあって、まだまだトロントには根付いてないなと思います。「知っている人が増えてきた」のと「根付く」のはちょっと別なのよ。15年間の人間関係と、2年の違いよね。
サンフランシスコでお茶会
サンフランシスコにいます。 4月9日は裏千家の家元がサンフランシスコを訪れ、大きな記念イベントがありました。お茶をやっている人しか見ることができない、日本にいたって家元のお点前を見る機会など滅多にない、それはそれは貴重な体験でした。 私は古い和風な家に育っているので日本にいた頃は日本伝統文化なんてイヤ!と毛嫌いしていました。そんな私がなぜか海外で茶道に触れて、「貴重な体験」と言っているのですから人生何が変わるかわかりません。でも思うのは、家元という立場の人こそ、伝統文化への「反抗心」を若い頃はメラメラ燃やしていたのではないかということです。 今回は家元の献茶式が厳かに1時間お寺で行われ、その間そのお嬢さんなど家元一家はじっと微動だにせず美しい座り姿を保っていました。私はごそごそごそごそしていましたが、そのことに気づいて、「あの人たちは子供の頃からあんなふうにじっと座っていられるように躾けや訓練を受けて育っているんだな」と、やや気の毒にもなり、感心もしました。 その後、家元の講義があり、それはとてもよい話でした。茶道は禅仏教に深いかかわりがあるので禅っぽい話です。 自分の「影」というのは晴れている日にはよく見えるが、曇りや雨の日は見えないけれどいつも自分にくっついている。影と離れたいと願うことは、自分を消さなければならないということになる。自分を消すということはやはり誰も望むことではないので、影と共に生きていくことになる。月の光は幽玄だけれど、月だけが美しいのではなくて、星や街の明かりと共にあっても美しい。月は欠けていくけれど、また新月となり満月にもなる。冬枯れも何かの終わりではなく春の準備である.... というような喩えから、自分の暗い部分を認めて共存、他人との違いを認めて他人と共存することで、他人を非難したり文句ばかりいうということをなくしていく。もっと欲しいという貪欲さは捨てて、足るを知り、自分はこれでいいんだなと思うこと、豪華な茶道具ばかり揃えたりしない、茶事のテーマにそった誂えをする、その誂えができるようになるには、「足るを知る」 .... そういう話でした。 ああ耳が痛い。 でも、家元となる立場の人たちは、苦しい思いをして自分の「影」と共に生きていく覚悟を結構若い頃から強いられてきたんだなと思うと、随分重みのある言葉だなと話を聞いていました。 そして、斜め前に座っているアメリカ人の男の人が一生懸命メモを取りながら話を聞いていました。隣にいたアメリカ人も熱心に聴いているのがそのうなずき具合からよく伝わってきました。 とても長い一日でしたがよい日でした。
