Survival Week 2

前のエントリに誰も食いついてくれなかったけど、ただの白人のおばちゃんとのツーショットではありません。私が昔勤めていた会社に、こういう感じの白人の事務のオバサンいたけどね。 ネルソン・マンデラのパーソナル・アシスタントだった人です。今もネルソン・マンデラ財団で働いているそうですが。 タイピストだった彼女は、マンデラ直々に大抜擢されて人生が変わりました。日本の天皇、バチカンの法王にも会ったことがあるそうで。「こんな私のどこがよかったのかしら。でも感謝!」というのが彼女のエネルギーの源です。本人のトークを聞けば、マンデラ直々の抜擢理由は明らか。面白いし、気さくだし、正直そうだし、タフだし、有事には守ってくれそう。 場所はトロント大のビジネス・スクールの中でしたが、ビジネス・スクールのリッチさに驚きました。まあ、どこの学校のビジネス・スクールも羽振りはよいのだと思いますが。私の苦手とする雰囲気でした。でもビジネス・スクール主催のブックイベントは商売上手。

Survival Week 2

誰も食いついてくれなかったけど、ただの白人のおばちゃんとのツーショットじゃないよ。私が昔勤めていた会社に、文房具や会議室の手配なんかを千手観音のごとく手際よくこなす、こういう感じの白人の事務のオバサンいたけどね。 ネルソン・マンデラのパーソナル・アシスタントだった人です。今もネルソン・マンデラ財団で働いているそうですが、彼の死後やっぱり生活してかなきゃならん、ということで本を出したのか(?) タイピストだった彼女は、マンデラ自身に大抜擢されて人生が変わりました。「こんな私のどこがよかったのかしら。でも感謝!」というのが彼女のエネルギーの源です。 本人のトークを聞けば、マンデラ直々の抜擢理由は明らか。面白いし、気さくだし、正直そうだし、タフだし、有事には守ってくれそう。 トロント大学のビジネス・スクール主催のトーク・イベントとあり、商売上手でした。

Survival Week 1

一週間目終了。小さな絵皿の世界へ逃避行。 カリフォルニアのモントレーに住んでいたときに見つけた。おじいさんの読んでいる新聞はフランス語なので読めない。なんて書いてあるのかな。

せっついてきた!

あまりに忙しく、かまってやらなかったらこういう顔をしていた。 すみませんがー、ラテン語で「Ex Unitate Vires」ってカタカナでどう書き表しますか?「エクス・ユニターテ・ウィレス」?識者のみなさん!?

スイカの季節

友達とサシ飲みをする約束があったのに、約束の時間に遅れちゃまずい!とタクシーに飛び込んだ。「ウェルカム!」と愛想のよさげなインド人の運転手。しばらくすると、ガサゴソとカバンからジップロックを取り出す。スイカを一口サイズに切ったものがいっぱい入ってる。 「おひとつどうぞ」 と押しが強い。「結構です」と断ったけど、ジップロックを後部座席に突き出して、「遠慮しないで」とさらに押す。おめぇ、そのスイカは何時カットしたのだ、今日は蒸し暑い日だぞ、腐ってないだろうか、などと呟く一方で、ただの親切心だろうから無碍に断るのは心苦しいと気を揉む。これが何度も繰り返され、私は負けた。生ぬるい!青酸カリ入りかもしれない! 「知らないおじさんからお菓子をもらっても食べてはだめよ」 なんて母は子に向かって言うだろうが、大人へと生長すると、食べ物への誘惑とは別の大人の事情で、私はスイカを食ってしまった。しかもスイカの水分で指がベトベト。するとタクシーの運転手はササっと紙ナプキンを差し出す。やはり強引な親切者なだけなのかも。スイカといい、紙ナプキンといい、差し出す所作が押しの強さを物語る! 「嗚呼、早く店に行って、毒が体を回る前にアルコールを一気飲みしたい…」 と心から神様に願った(胸の前で手を合わせる) 「ニホンジンデスカ?ドモアリガト」 そう、私は日本人。神様に祈るときは、神社の賽銭箱の前に立っているイメージだからな。 一夜明けたけど、今日も私は生きている!アルコールのおかげ?神のご加護?

羊の毛刈り

Riverdale Farm というトロント市が運営する農場が近所にある。オンタリオ州で昔よく見られた小規模の農場を再現しつつ、市民が集う公園となっている。近所とあってここへはよく散歩に行くし、動物を擬人化した物語を書いているので動物の観察にも行く。 今週末は羊イベントがあり、毛刈りから、羊毛の洗浄、原毛作り、紡ぐところまでを見せてくれた。もちろん毛刈りが一番の見所。 格闘技。おばさんの髪の毛が羊風。 手動の毛刈り機(たぶん今はあまり使われないのかもしれない)と電動タイプのものとで、羊を小屋から一頭ずつ引っ張り出してきては毛を刈る。刈っているのが女の人というのがまたすごい。羊によっては、観念して大人しくしているのもあれば、ジタバタと往生際の悪いのもいるところ、両足で技をかけるように押さえつけて動かないようにする。羊の体を転がしながら、全体的に毛が繋がるように刈るので、最後は羊の毛皮が一枚出来上がったような按配となる。「羊の皮を借りた狼」というのは、この毛刈りの後の毛皮を被った状態のことをいうのかな… 同じ公園内で、おばあさんたちが、羊の毛を洗い、フリース状にしたのを紡いで毛糸にしていた。「ミトンを編むのに必要な毛糸を紡ぐのに3時間はかかる」とのこと。「私は12時間はかかるわ!」と反論もあったので、まあ一日はかかる仕事だろう。紡ぐのもかなり面白そうだったが、編む時間が減る現実に直面し、糸紡ぎを趣味とすることは諦めた。一応糸紡ぎクラブの話は聞いてきた。 この後、農場の隣にある古い墓地(Toronto Necropolis)を見学。普段は一般公開されいないけど、Doors Open Toronto というイベントのため中を歩いて見た。トロント市初代市長とか、最近の人では、カナダの新民主党党首だったジャック・レイトンのお墓がここにある。 金曜の夜にパブで「ちょっとそのカバン取って」といわれ、体を捻って取ろうとしたら、膝がどうにかなって、今歩行困難。歩けるけど、走れない。

Shopping in Ukraine

Etsyで欲しい物を見つけた。購入一歩手前で、セラーの居住国を見たら「ウクライナ、ドネツク」と書いてあり、踏みとどまった。悩んだ末、「この商品を私が購入したら、ウクライナの今の不安定な状況の中で、安全かつ確実に商品発送できますか?」とセラーにメールを送ったら、 「Yes」 と一行で返信が来た。メールを送る前と同じぐらい考え込んでしまった。セラー自身はドネツクの中でも平和なところに住んでいるかもしれないけど、郵便事情はやっぱり紛争の影響を受けるんでないの?とか。仮にちゃんと届いたとしても、小包に血糊が付いていたりしたら、小包の到着を手放しでは喜べないし。 Quoraで質問してみたがまだ誰からも返事がない。ウクライナ情勢について熱く語っている人々の中には郵便事情にも詳しい識者がいるのではないか、と思ったのだが、瑣末すぎるのか無視されている。というか「online shopping」トピに質問したつもりが、誤って「Writing」トピックに質問を上げてしまっていた。誰からも無視されているのも当たり前… という話を教授にしたら「何を買うの?」、「入れ子の人形(マトリョーシカ)」という会話になり、 「NO WAY」 と叫ばれてしまった。障壁はウクライナ紛争ではなく、家庭内にあったのだった。どうせ安いものだし、これはブログネタとして、注文してみて本当に届くかどうか試してみてもいいかもしれない、などと悶々としている。 関係ない話だけど、こんな冷たい飲み物を飲みたい、と思うほど、トロントも暖かくなってきた。

Transcendence – その後

カナダのCBCのラジオ番組The Currentで人工知能の技術を軍用に応用する話として「人殺しロボット」の話をしていた。朝っぱらからイヤな話だ、と思いつつも最先端技術とそれにまつわる法規制、反対運動の話なので聞いていた。「人殺しロボット」というのは、「ある種類の人間や物を狙って殺戮をする」ようにソフトウェアでプログラムされるロボットのこと。 自分の息子や娘を戦場に送るよりはマシ、なんてレベルの話では済まない。そもそも私はアメリカ軍がアフガニスタンなどで飛行させている攻撃用無人飛行機(Drone)が大嫌い。理由は、戦争突入にあたって一番躊躇してしまうはずである「人の命」(といっても攻撃を仕掛けるほうの命ということだけど)という壁を「克服」してしまうので、戦争に踏み込みやすくなってしまうから。というか、そもそも攻撃用無人機を飛ばす理由が、コスト(血税と人命の犠牲の両方の意味で)を抑えるためなんじゃないの?と思う。この CBC のラジオ番組によると、朝鮮半島にもロボット的な兵器が配置されているらしい。日本だって、オバマ来日の際にはロボット見せていたしな。 テクノロジーをこういうことに応用していくのはイヤだ。それを過信するのもどうかと思う。「テクノロジーが想定外のところでうまくいかなくなると、実は人間にはどうしようもない事態が発生しうる」ことは福島第一原発の事故で既に経験済み。ジョニー・デップの映画「Transcendence」も、人間には手の尽くしようのない事態が発生してしまった話である。最終的には「愛による犠牲」でどうにかなったが。私はこの映画を見たとき「ジョニー・デップが人工知能の博士だなんてなぁ….ある意味自己超越だな…」と白けていたし、技術的特異点も「愛にはかなわない」というオチがついたところでより一層冷めた気持ちになってしまった。 ということを家で文句言っていたら、教授が「そういえばホーキング博士が人口知能に警鐘を鳴らしていた」という。 ホーキング博士の発言 http://www.independent.co.uk/news/science/stephen-hawking-transcendence-looks-at-the-implications-of-artificial-intelligence--but-are-we-taking-ai-seriously-enough-9313474.html CBC - The Current http://www.cbc.ca/thecurrent/episode/2014/05/06/killer-robots-ethics-in-the-age-of-co-robotics/

人工知能

昨日、カナダのCBCのラジオ番組The Currentでロボット工学や人工知能の技術を軍用に応用する話として「人殺しロボット」の話をしていた。朝っぱらからイヤな話だ、と思いつつもテクノロジー応用の話なので聞いていた。「人殺しロボット」というのは、ソフトウェアで「ある一定の種類の人間をターゲットに絞って殺戮をする」ようにプログラムされるロボットのこと。 自分の息子や娘を戦場に送るよりはマシ、なんてことでは済まない。そもそも私はあのアメリカ軍がアフガニスタンなどで飛行させている攻撃用無人飛行機が大嫌い。なぜかというと、戦争に踏み込むにあたって一番躊躇してしまう「人の命」(戦争を仕掛けるほうの命ということだけど)の壁を「克服」してしまうので、戦争に踏み込みやすくなってしまうから。というか、そもそも攻撃用無人飛行機をアメリカが飛ばしていることの理由が、コスト(血税と人命の犠牲の両方の意味で)を抑えるためなんじゃないの?と思う。しかしあの無人飛行機以外にも潜水艦だとか、朝鮮半島にも「人間の能力を超えたロボット的な兵器」は配置されている。 テクノロジーをこういうことに応用していくのはイヤだ。テクノロジーを過信するのもどうかと思う。「テクノロジーが想定外のところでうまくいかなくなると、実は人間にはどうしようもない事態が発生しうる」ことは福島第一原発の事故で既に経験済み。ジョニー・デップの映画「Transcendence」も、人間にはどうしようもない事態が発生してしまった話である。最終的にはどうにかなったが。私はこの映画を見たとき「ジョニー・デップが人工知能の博士だなんてなぁ….ある意味自己超越だな…」とさめざめとした気分で見ていたけど、アレは「ジョニー・デップですら、あのようになれてしまう」という恐ろしさを世間に知らしめていたのでは、と今は思う。 ということを今日文句言っていたら、教授が「そういえばホーキング博士が人口知能に警鐘を鳴らしていた」という。 ホーキング博士の発言 http://www.independent.co.uk/news/science/stephen-hawking-transcendence-looks-at-the-implications-of-artificial-intelligence--but-are-we-taking-ai-seriously-enough-9313474.html CBC - The Current http://www.cbc.ca/thecurrent/episode/2014/05/06/killer-robots-ethics-in-the-age-of-co-robotics/