宇江佐、米原、柴門、高峰、マーテル

読書ができる隙間時間が最近多かった。実家に置いてあった自分の本を処分したから、読み直しする時間もあったしね。

歌舞伎観劇の帰り、池波正太郎にはまった者同士が台東区を散歩。台東区は人情モノにはまってしまった人にはたまらない散歩コースですね。ものすごーく想像力を働かせると江戸時代にトリップできます。その友達に勧められた本。「とりあえず一巻あげる。はまると思うよ」と予言され、的中。あっという間に読んだ。こっちのほうが女性が書いているから、女の登場人物がすごくいい。


話は池波さんに戻るけど、私がはまったのは「剣客シリーズ」だったけど、友達は「鬼平犯科帳」も全部読んでしまった。鬼平犯科帳は未完なのですよ。池波さんが亡くなったから。最後のは推敲を重ねる予定だったのだろう、というのがうかがえるものだった、とのこと。最後まで読み通した者だけが言えるセリフです。私も体験してみたい。


米原万理はエッセイもいいけど小説もよかった。これは彼女の人生に重ね合せた話でもあり、何よりスケールが大きい。スターリンの粛清にまで話が遡るからね。読んでいる間何度も鼻腔がツーンとなった。女の友情ってこうよね、と思った。

「米原さんはウチの年賀状送付リストに入っていたよ!」と友達がいう。生きていたらこっそり住所を教えてもらってファンレターを書いたかもしれない。


はたまた別の友達が「案外よかったよ」と呉れた。タイトルからもわかりますが、熟女のつぶやき&ぼやきでした。私も独りで家で働いているので「あるある」感はありました。この本にも「あ!」と小さく驚いたことが。友達のお父さんの店のことが出てきた。ずーっと前にも別の友達の家のことがある小説に出てきたので付箋して渡したことがある。世間は気づかないプチ発見で読書のテンションが上がる。

実家の掃除していたら高峰秀子のエッセイが出てきた。好きだったんだよね、辛口なところが。十代後半からどんな大人になりたいかについて悩んでいたときに読んだから、インパクトのある本だった。そんなわけでもう一度エッセイを読み直し。当時の私がどうしてこれを読んで感動したのか、なんとなくわかった。でも私、黒柳徹子の本も好きだったんだよな、同じ理由で。だから高峰秀子も黒柳徹子もブックオフに持っていけなかった…

あと、LIFE OF Pi ね。クリスマスに KOBO GLO もらったから。フェイスブックとかメールとかチャットとか、ピコピコ通知が来ないので、読書に集中できる。直射日光の下でも読める。眼鏡かけないでフォントをすごくでっかくして読めるしー!iPAD より目に優しい。充電もあんまりしなくていいし。

でも電子書籍リーダーに見えないように、不思議の国のアリスのブックカバーつけてる。

毎朝、ベッドの中から体温で生温かくなった iPAD と KOBO が出てくる。

2 thoughts on “宇江佐、米原、柴門、高峰、マーテル”

  1. 米原万里のこの小説、いいですよね!!
    何回読み返しているかわかりません。
    作家が亡くなって、新しい作品が読めなくなるのが悲しいと思った初めての経験をしました。

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