日本はもう年明けですが、トロントは只今午後5時半。夜の9時に友達が遊びに来るまでののんびりした時間です。
今年も色々がありましたが、やっぱり3月11日の地震以後、自分の生活は一転して変わったなと思います。海外在住の日本人&日本とゆかりの深い人はいろんな形でチャリティを企画、参加したりしました。フェイスブックやツイッターを駆使して、メールをたくさん書いて、そのおかげでいろんな人に知り合って親しくなったりして。
私もそういう一人。ニットのチャリティは自分が当初考えていたものとは全然違うものとなって広がり、予想よりも多額の寄付金を現時点で集めることができました。ブランケットは高額で買えないという人の中に「じゃああしながに寄付しとく」と言う人もいたから波及効果あったかもね。あしなが育英会は東日本震災で孤児になった子供への一時金を支給しているだけでなく、レイボーハウスという遺児の心のケアを行うための施設建築を目指しています。詳細はこちら。協力してくれた人たちの多くは「お金の使い道がはっきりとしているから」とか政治的に賛否両論を巻き起こすような団体でもなかったことがよかったのだと思います。ブランケットはまだあるし、モチーフもまだあるので、来年も引き続き地道にやっていきます。そして、この活動を通じて本当にいろんな人との出会いがあって、「ニット伝道師」みたいでした。
東日本の震災は地震、津波が衝撃的でしたが、海外では「放射能漏れ」への懸念が大きく取り上げられました。アメリカに本部のある IEEE (電子・電気技術分野の専門機関) が出す機関紙の最近の特集も福島の原発事故についてでした。カナダのオンタリオ州も原子力への依存という点では日本以上なのでテレビでディベートも行われていました。教授も日本に義理の家族がいることだし、原子力について調べたり、エネルギー分野に研究分野を広めようかと考えているぐらい衝撃的な出来事でした。省エネのほうですが。
本職の翻訳のほうは、いつものクライアントさんに引き続きご愛顧いただいただけでなく、ピンチヒッターで久々にマンガの翻訳もしました。あと心に残る翻訳としては、トロント日本短編映画際に招待されていた映画監督さんが、地震発生数日後に映画祭が始まるというタイミングであったため、来加取り止めを決定したのですが、その方の不在のお詫びと挨拶を翻訳して代読したことです。死生観についてのメッセージだったので映画だけでなく文学などを愛する人たちにはぐっとくる言葉でした。読みながら、こういうところからまた何かが生まれていくんだなと思いました。
今年は、日本、スペインのバルセロナ、ギリシャのアテネとクレタ島、シアトル、サンフランシスコと、特に夏の間は忙しくあちこち移動していました。特にクレタ島は広大だから海も山も村も飽きることなく満喫して、また機会があったら訪ねたいところです。シアトルではオリンピック半島ぐるぐる回って、ツインピークスの舞台の町にも行って、これもまた楽しかった。来年はソウルに2回行く予定があるのと、サンフランシスコに2月、4月に行きます。
毛糸と戯れて今年も一年が過ぎていきました。来年も編み物し続けますよ!
今年最後の一枚はコレ!
ではみなさんよいお年を!

