引き続き米原万理の本。 読み出したら止まらなくなり、最後は目を赤くして読んだ。幼い頃の学友の行方を追っていく話だけど、最後はベオグラードが舞台。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の真っ最中に話は終わってしまう!最終章の米原万理のこの紛争に対する見解が読みどころでした。ルーマニアのチャウシェスク政権に対してもそうなんだけど。生まれたときから共産党に接していてロシア語の達人ということもあるけど、批判の切り口が美しいわ。それがこの物語の美しさでもあるのですが。 3年ぐらい前にプラハで数日間徘徊したことがあるからマリとその友達が走り回ったプラハの街の様子も想像できたし、この本の内容と同じテレビ番組をネットで見てから読んだので、登場人物を頭で思い浮かべることができたのもよかったな。 ああもっと米原万理の本が読みたいな。
Category: 読書
東京プリズン、面白南極料理人
隙間時間にこれも読んだ。 これは映画を先に見て、本も読んでみましょう、ということで。これを読むと南極で食べることばかり考えていたかのような錯覚に。とても楽しい話だった。本だとイカツイ料理人を想像するけど、映画だと堺雅人だからな。 こちらはもっと重い内容。時空間を行ったり来たりの上に、ある個体に別の人間が入ったりするのでややこしいですが、何より扱っているテーマが難しい… 昭和天皇の戦争責任についてだから。 ストーリーの設定にもなっているけど、海外生活を経て実は日本をあまり知らないことを知る、というのは海外生活経験者ならたぶん誰でも大なり小なり体験がありますよね。丁度この本を読み終えてから広島に行き、教授に明治維新(横浜にも行ったしさ)から第二次世界大戦終結までの歴史について質問されて大変でした。太平洋戦争のことはあまり知らなかったらしく、興味深いのだそうで… で、広島の後に行った横浜で、とある頭脳明晰で日本大好きなガイジンが、教授にわかりやすく日本近代史の説明をしていました。まーさーに、「東京プリズン」状態の私でした。
宇江佐、米原、柴門、高峰、マーテル
読書ができる隙間時間が最近多かった。実家に置いてあった自分の本を処分したから、読み直しする時間もあったしね。 歌舞伎観劇の帰り、池波正太郎にはまった者同士が台東区を散歩。台東区は人情モノにはまってしまった人にはたまらない散歩コースですね。ものすごーく想像力を働かせると江戸時代にトリップできます。その友達に勧められた本。「とりあえず一巻あげる。はまると思うよ」と予言され、的中。あっという間に読んだ。こっちのほうが女性が書いているから、女の登場人物がすごくいい。 話は池波さんに戻るけど、私がはまったのは「剣客シリーズ」だったけど、友達は「鬼平犯科帳」も全部読んでしまった。鬼平犯科帳は未完なのですよ。池波さんが亡くなったから。最後のは推敲を重ねる予定だったのだろう、というのがうかがえるものだった、とのこと。最後まで読み通した者だけが言えるセリフです。私も体験してみたい。 米原万理はエッセイもいいけど小説もよかった。これは彼女の人生に重ね合せた話でもあり、何よりスケールが大きい。スターリンの粛清にまで話が遡るからね。読んでいる間何度も鼻腔がツーンとなった。女の友情ってこうよね、と思った。 「米原さんはウチの年賀状送付リストに入っていたよ!」と友達がいう。生きていたらこっそり住所を教えてもらってファンレターを書いたかもしれない。 はたまた別の友達が「案外よかったよ」と呉れた。タイトルからもわかりますが、熟女のつぶやき&ぼやきでした。私も独りで家で働いているので「あるある」感はありました。この本にも「あ!」と小さく驚いたことが。友達のお父さんの店のことが出てきた。ずーっと前にも別の友達の家のことがある小説に出てきたので付箋して渡したことがある。世間は気づかないプチ発見で読書のテンションが上がる。 実家の掃除していたら高峰秀子のエッセイが出てきた。好きだったんだよね、辛口なところが。十代後半からどんな大人になりたいかについて悩んでいたときに読んだから、インパクトのある本だった。そんなわけでもう一度エッセイを読み直し。当時の私がどうしてこれを読んで感動したのか、なんとなくわかった。でも私、黒柳徹子の本も好きだったんだよな、同じ理由で。だから高峰秀子も黒柳徹子もブックオフに持っていけなかった… あと、LIFE OF Pi ね。クリスマスに KOBO GLO もらったから。フェイスブックとかメールとかチャットとか、ピコピコ通知が来ないので、読書に集中できる。直射日光の下でも読める。眼鏡かけないでフォントをすごくでっかくして読めるしー!iPAD より目に優しい。充電もあんまりしなくていいし。 でも電子書籍リーダーに見えないように、不思議の国のアリスのブックカバーつけてる。 毎朝、ベッドの中から体温で生温かくなった iPAD と KOBO が出てくる。
櫻守
『櫻守』は、笹部新太郎という実在の人物をモデルに、その人の山守だった園芸師が主人公です。昭和44 (1969) 年発行。戦中戦後の日本の山の変わり様が桜をとおして感じられる、よい話でした。現在でも関西一円で桜の名所として知られるところは笹部新太郎の功績によるものが多いようです。「桜=ソメイヨシノ」と思い勝ちですが、それは比較的簡単に育つし花も美しいというこの品種が戦後もてはやされた結果ということを知りました。ほかにもいろんな日本固有種があったのね。 読んでいてはっと気づいたのが、大正生まれの男の人は戦場にかりだされたため生き残っている同世代が少ないということ。切ないですね。そういう世代の園芸師が日本固有種や老木の桜を守ることを生きがいにしていた、というのが、縦糸、横糸となり、美しい話を織り成しているように思います。この話は桜について多くを語るけれど言外に匂わせていることも多いようで、読者の心次第で何とでも深読みする楽しみも。お話全体がほのかで短命な桜の花とでもいいましょうか(きゃは!) この話に出てくる、ダム建設でダムの底に沈むはずだった桜の老木を移植したのは本当にあった話なのですね。いやー立派な桜! 白子の子安観音の不断桜も出てきました。近くに住んでいたのに一度も実物見たことないけど。この不断桜の虫食いの葉の様子が美しく、そこから伊勢型紙が生まれたとか。ま、言ったもんがちみたいな言い伝えですね。
歴史を変えた誤訳
積読状態で何年も放置していたのをやっと読みました。2004年発行で、内容は中曽根/レーガンの首脳会談だとか、日米構造協議だとか、湾岸危機での自衛隊派遣を巡る日米防衛協力指針だとか、当時の日本を賑わしたニュースの「誤訳」について書かれたもの。 「誤訳」たって故意に行われているものや、故意に「誤訳」と言われて通訳者・翻訳者が泣き寝入りするものだってあるのですから、この職業に就いていなくたって一読に値します。 すると、なんとタイムリーなことに、フェイスブックのお友達&同業者がこの記事を紹介していました。 http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/world/newsengw-20120711-01.html?pageIndex=1 これこそ、鳥飼玖美子さんがこの著書で取り上げている内容と同じことです。今は、ネットで海外メディアの日本ネタを追うのもチョチョイと簡単にできますから、国内外での「温度差」はすぐにキャッチできてしまうけど、この記事を書いた人のようにちゃんと重要なところを押さえて冷静に分析してくれるのは素晴らしいですよね。フェイスブックでシェアしてありますが、まだ読んでいない人は是非読んでください。 ちなみに、こういうのって日本語だけじゃないですよ。韓国とアメリカの首脳会談でもあるし、トーマス・フリードマンなどは中東諸国のリーダーの英語の発言と母国語での発言と全然違う、と著書で公言してるし。どこの国も言葉を戦略的に使っているという証拠ですね。 +++++ ところで、今頃になってどうして私がこういう本を読んでいるかといいますと、鳥飼玖美子さんも本書で言ってるけど、翻訳や通訳に携わる人は一生言葉の勉強しなきゃいけないんです(キリリ)。 翻訳歴17年ですが、私は亜流のスタートを切り(小さな翻訳コンテストに応募したら賞を取った)、いきなり現場に引き込まれ、クライアントに袋叩きにあいながら修行したので、翻訳について書かれた本を読んでいる暇がなかったのです。つまり、「あなたの望む翻訳をいたします」というドMな翻訳者なのです。ドM翻訳者のはけ口はブログで、「好きなように翻訳させて」と勝手に歌詞翻訳したりしてるわけ。 たとえて言うなら、お針子で縫うのに必死だった子がパリコレを見学して、インスピレーション高めるてる感じかな。 ちなみに、私が知らない言葉が出てくると辞書を引く習慣を持ったのは小学生のときで、ラジオで郷ひろみが「本を読んで知らない単語が出てきたら必ず辞書を引く」と言っていたので、マネをし始めたのがきっかけです。あれで読書習慣が大きく変わったのですから、ヒロミに一番感謝すべきかもしれません。
BOZO
同業者として勉強のために有名な訳本は読みたい。いろんな訳本が出ていれば読み比べてみたい。 というわけで「スティーブジョブズ」の日本語版を読みました。まだ途中ですが。先に英語のほうを読んだので別に和訳を全部読む必要もないですが... 英語と平行して読み比べたわけではないですが、日本語で英語の「ののしり」がどんなふうに訳されているのかな、と楽しみにしていました。私見ですが、「ののしっているジョブズ」がやっぱり面白いわけですから、この本は。これの英語版が出版されたときも、彼の言う「BOZO LIST」というのはちょっと流行りましたからね。
とある訳本で独り盛り上がる
とある突貫工事で有名な訳本を読んで独りで盛り上がっています。 同業者だけど分野が違うし、翻訳者としての位置づけが全然違うので、大作を翻訳したこともないので、勉強のためと思って、原作と訳本を読み比べたりしてるわけです。批評家みたいに上から目線でアラを探しているわけではありません。キリリ。 という前置きをしておきまして、本題。 しばらく前に英語の原作を読んだ上に、有名人の話なので事実関係は既知のものとなっているわけですが、訳本のほうで、結婚もしていないのに離婚、というのが出てきたので、と驚きました。「あれ?私の勘違いなのかな。私ってよく勘違いするからな。」と自分を疑ってしまいました。そもそも、そこに行き着くまでにも色々あったのですが、この時点で「大丈夫なのかな、信用して...」と思ってしまったわけです。だって、重要な事実なんです、大筋からいって。 そんなことよりも、文章が読みづらい... 母国語じゃない英語のほうが読みやすかった。なぜ読みづらいかというと、誤訳が潜んでいるからではないだろうかと強迫観念が出ているのと、単に文章力の限界ということなのかもしれません。これは突貫工事ゆえんのことなのでしょうか。「旬な人」の本をまさにその旬冷めやらぬ時期に出版しなくてはならなかったのでしょうか。 ああ、でも超大手出版社から出ていますよ、この本... 本の値段も見ちゃったわー。高いね。 こんなこというオメーは何様だよ!と、とりあえず自分で言っておきますね。罪悪感あるし、苦労のほどは同業者であればこそわかるので。 で、本題ですが、ある程度翻訳をやっている人ならば、この読み比べから得るものは大きいと思います。なぜかというと、訳しづらいであろうと思われる部分を研究できるからです。 1. 第三者からの引用が多い。 「.....」と誰それは言った。 というのが最初から最後までたくさん出てきます。そして、ややこしいことにその「第三者」がたくさん登場してきます。 2. 口語表現が多い。 それはつまり、男女の差、話者の年齢差や世代などなどで結構訳が変わるということでもありますね。 ま、そういうことを踏まえて、じゃあ自分ならなんて訳す?と練習してみるといいかも。たとえば、1段落選んで、「大いに訳文を改善できる」と思うところを3箇所だけ直してみるとか。修正箇所を限定させるのは変かもしれないけど、全部書き直すと「マイウェイ」にしているだけで、どうでもいい枝葉に時間をとっても仕方がないし。
International Festival of Authors
柴田元幸、川上弘美、イトウヒロミ(詩人) の文学パネルディスカッションに金曜日と日曜日に行ってきました。 金曜は Japan Foundation (国際交流基金) のイベントで、日曜のは International Festival of Authors (IFOA) というイベント。金曜のほうは、カナダ人作家と詩人も交えての話だったし、イトウヒロミさんという人がとても迫力のある面白い方なので、会場は笑いの渦でした。文学イベントでこんなに笑えて楽しかった! 柴田さんと川上さんは去年もトロントに来ていて、お話したり握手してもらったのですが、今年も!?ということで去年果たせなかった柴田さんの本(「翻訳夜話」)を胸に抱いて、「サインお願いします」と自作の手編みセーター着て文学少女みたいにアプローチしたのでした。トロントに2年連続で来るなんて思いもしなかったとのことなので、とてもラッキー。 特に金曜日は川上弘美のサインをねだっている人はたくさんいたけど、柴田さんのを狙っている人はあまりいなくて、「私、去年も柴田さんにお会いしたんですヨ。そして日曜日のイベントも行くんですけど、今晩とネタは一緒なんでしょうか?」と言ってみたところ、「話題を変えるように努力しますね」とおっしゃってくれました。これが週末の成果。 Monkey Business は柴田さん主宰の文学季刊誌で、村上春樹レベルじゃない日本の作家を紹介していく雑誌です。これの見開きにももちろんサインを貰いました。ミーハーです。ミーハーだけど文学少女なので両イベントでハイハイと挙手をして質問もしました。特に IFOA のほうは「英語に翻訳された文学」をテーマにしたシリーズだったし、ディスカッションの始めに翻訳も含め作品の「声」について話をしていたこともあって、翻訳された作品を自分の作品と思えるか、翻訳されないとノーベル文学賞など受賞できないけど、それはよろこんで受け取れますか?という質問をしてみました。 みなさん、翻訳された作品は自分のものじゃなくて翻訳者の作品だと思う、と言っていました。自分の母国語ではない言葉で書かれているのだから自分のものじゃないけど、ノーベル賞は私がもらう、と川上さんは言い切っておりました。でもノーベル賞の件については「ちょっと難しいから答えにくい」という前置きがあってのジョーダンだったのですが、とてもよい切り返しでした!イトウヒロミさんのほうは、詩人ということもあって、「自分の過去の作品は、自分が産み落としたら最後、糞なの!だからなんとでもしてちょうだい!私は前進しなきゃならないから」というような意見でした。 Japan Foundation のほうは、イトウヒロミさんとカリフォルニア州バークレー生まれでカナダに移民してきた女流詩人との対談だったので、「移民したことが作品に与える影響」を話していました。そのカリフォルニア出身の人が「ユーカリの木の香り」を懐かしがって話していたのですが、私もあの香りには同じ気持ちを抱いているので嬉しかった。バーリンゲームは特に線路やエルカミーノ沿いにユーカリの木が多くて、散歩したりするとあの香りで空気が満ち満ちているのです。だから、イベントが終わったら「あの人にも握手してもらおう」と考えていたのですが、すっかり柴田さんにサインしてもらうのに必死になって忘れてしまいました。 そうそう、このイトウヒロミさんの詩の朗読がものすごくリズム感があって、圧倒されるんですよ!サンディエゴ在住なのでアメリカなら朗読に参加できる機会もあるのではないかと思います。
うさぎとマツコの往復書簡
日本の本を電子書籍で読みましょう、一度 honto から買ってみましょう、ということで750円(ドルに換算すると9ドルちょっとだった)で「うさぎとマツコの往復書簡」を買いました。 本の内容について語る前に... honto のアプリは私のスマホに対応していなくて、iPAD でもリージョン設定のためか iTUNE からアプリがダウンロードできなくて(どーやったら日本のアプリが買えるのぉ?調べるのが面倒で調べてない。)、ラップトップで読んだけど(編物しながら読めてよかった)、こういうエッセー本はサーっと読めてしまうから、人に貸したいわ、あげたいわ、と思うのに、誰にも貸せません。電子書籍って、「オレのもんはオレだけが使うからな」という、親交を深める手段としての「本の貸し借り」の可能性を奪っているシロモノですね。場所をとらないし、読みたいと思えば送料を払うこともなく、すぐに手元に配布されますが。できれば、「本のレンタル」にして欲しいな。レンタル料が一冊1ドルとか。そしたら、友達に勧められるし。あれ?そういうサービスもうある? コピーライトが既に失効しているパブリックドメインにある電子書籍(不思議の国のアリスとか、イソップ物語とか)は読んだとき、「便利でいいわー」と思いましたが。 しかも、この往復書簡は「サンデー毎日」で連載されたものを本にまとめてあるので、二番煎じ。それならサンデー毎日とか毎日新聞がネットで無料配信したらいいのにと思ったり。どうせ「往復書簡」なんだし。 内容は、まあ、思ったとおりでした。マツコが好きですが、もうおなかいっぱいに」なるぐらいマツコの番組見たりして、その上、マツコのこんな奥深い内面まで読まなくてもよかったかも。
「カオス」&「海の仙人」
今回の旅のお供。 梁石日は割りと好きな作家ですが、「カオス」は「最後まで読ませておいてコレかよ!という感じ」と言う人から貰った本です。ですから最後を楽しみに読みました。確かに終わりに近づくにつれ、これでもか!といろんなものがブチ込まれてきましたが、その割りに… というエンディングでした。 梁石日が好きな理由は、ギラギラと脂ぎった作風や、私の知らない世界を垣間見るのが好きだから。「カオス」も例にもれず、というところでしたが、エンタメとして読んでいれば最後はワハハで終わったかなと。笑ったけど。確かに、これまで読んだ彼の作品にしては劣るものがありました。途中で燃料切れになっちゃったのかもね。 そして、別の人から、断捨離ということで「海の仙人」をもらって読みました。薄いペラーンとした冊子ですが、中味もペラーンとしていました。芥川賞候補作品なのですが。こんなことを言ってはアレですが、海の仙人であるファンタジーがこのストーリーの文学性をぶち壊しています。カテゴリー的にこれはヤングアダルト、ジュニアにしたらいいのではないでしょうか。セックスレスで暴力もないので格付け上にも問題ありませんね。自分のことで必死になっている余裕はないお年頃の人(大人)がわざわざ読まなくても、という気がします。その、言いたいことがわからないわけではなくて。芥川賞候補ということでなければ、こんなに毒づかなかったのではないかと思います。ということは選考側を批判してるってことですね、私。 なんと説明すればいいのでしょうか。ミニマリストな文学と幼児のクレヨン画は別物です。聡明だけど寡黙な人と、言葉足らずでバカな子は違う。でもこれは、この本そのものの批判じゃないですよ。こういうストーリーが好きというのは大いにアリです。 この本について語って盛り上がりたいな。
