これは危険。水村さんが古典的な本をいろいろ薦めているので、ついそれも読もうかとオンライン書店でポチっとやってしまいかねない。しかし続けて水村作品ばかり読んでいたので食傷気味。あと一冊水村さんの本を借りているけど小休止しよう。 同じくカナダに住むフィンランド人の友人と珈琲デートをした。北欧人らしく背が高いのだけどかの国の平均身長を遥かに上回り、しかもヨガを頑張ったせいでさらに身長が伸びたと悩んでいた(背筋が伸びたってこと?)。185cmはあると思う。本やクラフトが好きなので共通点は多く話は尽きることはないんだけど、彼女は嫌な仕事をするぐらいなら無職を貫くタイプで(といっても旦那さんが稼いでいるので生活に困っているわけではない)、私はとりあえず仕事はいつもするタイプ。珈琲の後、彼女とAmerico Originalに行った。アメリコの人たちは毛糸の話となるとテンションが高くなるのはもちろんだが、最近は読書ネタでも盛り上がることが多い。今回はイサベル・アジェンデ、フランケンシュタインとドラキュラ。イサベル・アジェンデの描写が美しいので編物に飽きたら彼女の本を読み空想の世界に浸る、とうっとり語る人が約一名。ほかの人たちには「古典に帰るのもいいわよね」と「フランケンシュタイン」と「ドラキュラ」を薦められた。 そしたら日曜日にアメリコのFBに読書リストがアップされていた。FBだと埋もれてしまうからここに貼り付けておこう。 http://www.huffingtonpost.ca/2013/09/27/women-authors_n_3999361.html
Category: 読書
母の遺産 – 新聞小説
旅の供にするのはやめて正解。話が暗いというだけでなくて、読んでいる間神経が休まらず、寝不足に見舞われた!読む人はある程度自分の事情に重ねてしまうものだと思うけど、タイミング悪かった。そんなわけで今まで読んだ水村作品の中では好きではない。これを読んだ人たちが「暗い」という感想を漏らしていたため、心の準備はしていたけど。全体に散りばめられている「お嬢様育ち(への憧れ?こだわり?)」も鼻についたな、今回は。育ちにこだわりすぎている人に振り回されてきた私には、それが何より一番痛々しかった。だから睡眠不足になったのかも!! 主人公も「親の捨てきれないプライドや業」に振り回されてきた、という話なんだけど。
Crazy Rich Asians
話の背景となる登場人物の服飾品、住まい・不動産、家具・車の家財道具すべてに「値札」がついているという、よく言えば新たな試み、悪く言えば「いやらしい」話。 あらすじは… 少女漫画風。『キャンディ・キャンディ』みたい。キャンディのように金持ちからのいじめに対して我慢強く、頭のいい女の子がいて、その彼女の傍にはアルバートのような彼がいる。次から次へと襲う不幸にも、金にものを言わせて「緩和策」をとる。半端じゃないですよ、大金持ちがすることは!! 本文よりも脚注が興味深い本。脚注にはシンガポールのオールドマネーの超大金持ちのライフスタイルがいろいろ説明されている。彼らが通う学校の話、シンガポールの年金制度(フェイスブックの共同創始者のエドワルド・サベリンがアメリカ国籍を捨てシンガポール国民になった理由についても憶測できる。彼はシンガポールの金持ちランキング7位に食い込んでいる)、朝鮮人参で最高級とされるのはワシントン州産のもの、などなど。脚注にではないけど、中華系富裕層にとって重要な資産のひとつとされるのが「カナダ永住権」とも書いてある。カナダにしばらく住めばその威力はあちこちに感じるので笑えない。 周囲の英語話者で読書好きな人たちが「笑えるよ」と薦めるのでこれを読み出したが、私はすぐにものの値段を「ハウマッチ?」と聞きたがる類の人が超苦手で、やたらとものの値段を教えてくれる拝金主義な人たちがきらびやかに登場するこの小説を1割ほど読んで嫌気が差してきたところ、休暇から戻って気を取り直して読み出したら、この脚注と少女漫画風の面白さに気づいた。後半はもう北京オリンピック開幕の花火のごとく、ドドーンドドーンとものすごいスケールで「トンデモな話」が繰り広げられるので、それに付き合ってゲラゲラ笑うのも、少女漫画を読んだときのように少々目を潤ませて「レイチェル!頑張って!」と読むのもいいかもしれない。 海外在住の金持ちアジア人にはありがちな話とも言えるけど、6人に1人が百万長者と言われるシンガポール。金持ちの絶対数だったら東京のほうが多いけど、金持ちの人口密度がシンガポールはとても高い。この本の著者もシンガポール富裕層出身だけど、この話はどこまで現実味を帯びているのかという話で旅行中ポルトで盛り上がり、シンガポール在住アメリカ人が「大アリな話!」と言っていた。そして、この話には一昔前の中華系富裕層が中国本土出身のニューマネーの富裕層を毛嫌いする発言がちりばめられている。紅毛碧眼の人もバカにされているけど。 この話を笑えないマジメで左翼的な人もいるかもしれないけど、これを漫画だと思って読めばかなり楽しい。できればコミカルに映画化して欲しいけど… と思っていたら、既に映画化する権利を勝ち取った商魂たっぷりな人がいた!
マンハッタン少年記 (The Basketball Diary)
翻訳し過ぎで死ぬかと思った。急に頼んでおきながら督促のメールが最後は1時間おきにくるほどで、「あと一時間頂戴!」とか「こちらが目を通す時間がないから、できる限り最高の翻訳を出せ」などと、互いに目が血走り、耳から煙を出していたと思う。 "I want to be pure." 土曜日午前中までには事態は収束に向かい、やっとのんびり。読みかけだった『マンハッタン少年記』を読了。英語だと「The Basketball Diary」。英語で読めるなら絶対に原文で読んだほうがいいんだけど、和訳はどんなだろ?と気になり日本語で読んだ。文庫で読んだので翻訳はいろいろと修正を入れたとのこと。翻訳者も最初にこれを翻訳してからずっとニューヨークに滞在していて当時は分からなかったことが今は理解できるようになり、修正したと言っている。でも読みづらかった。原文も読みづらいのかもしれない。ジャンキーが綴った日記だしな。やっぱりアメリカのジャンキーな人たちの世界で交わされるスラングや隠語を日本語で再現するのは難しい。アタシも練習してみよっかなぁ、あ、いえ、そういう翻訳を… 『マンハッタン少年記』はお肌にまだ輝きがあった頃のディカプリオがジム・キャロル役で映画になってる。あの学校での残忍無比な銃撃シーンがコロラドのコロンバイン高校での無差別銃撃事件に影響を与えているとか、似ているなどと言われていたから、本を読み終わってから、ユーチューブであの映画シーンを見て、コロンバインの事件の防犯カメラの映像も見て(当初は怖くて目を覆ってしか見れなかった)、真っ暗闇の淵を覗き込んでいるような気分になりました。でも小説のほうでは別にそういう乱射事件が起きたわけじゃなくて、そういう妄想に駆られているという日記が綴られているだけ。 次は Crazy Rich Asians を読もうっと。
私小説 from left to right
忙しかった…毎日10時間は椅子に座ってタイプしていたので腰が痛い。 なぜ日本では「ショップ」といいアメリカ英語では「ストア」というのか、ということに悩まされる仕事をし(ググればそんな答えはすぐ出るのだけど)、慣れというのは恐ろしく英語では「STORE」と書かなくては落ち着かない。ちょっと疑問に思って立ち止まった程度のことですが、それでも固有名詞で喩えると「iTUNE ストア」とはいうけど「iTUNE ショップ」とは言わない。ちなみに、アメリカ英語では STORE ということが多く、当然英語主導のネットの世界のオンラインストアは STORE と呼ばれ、SHOP とはあまり言わない(けど別に間違いじゃないしどっちでも可)ということなだけなのです。 Grocery store, Bookstore, Department store, Store locator, Corner store, Drug store などなど枚挙に暇はなく、店の大きさには関係ないし、店がいっぱい並んでいるストリートのことを、There are lots of shops on Bloor. なんていうし。もしかして言語学上歴然たる違いがあるのかもしれないけど別に日常生活でそんな違いを知る必要もないし。 日本語で「魚屋」は正解だけど「魚店」とはあんまりいわない。それぐらいの違和感があるのかと人に聞いてみたけど「別に」と言われたし(聞いた人が言語学的に無頓着なだけだったかもしれない) 話は変わりますが、間借りしている事務所関係でネットワーキングイベントに行きました。なんでそんなものに行こうかと思ったかというと、カナダに住んでいるくせにほとんどカナダ企業やカナダ人と仕事をせず、遠隔でアメリカ人かアメリカにいる日本人としか仕事していないので、地元に密着する努力をしてみようかなどと思い… 背が低いし声も通らないし、内弁慶だし、「壁の花」になりがちな性格な上に、緊張すればとんでもなく不適切な会話をしてしまう癖もありまして… どこの国にいようと、不特定多数の人が現れるパーティーは苦手です。日本人だとか日本通のガイジンが集まるパーティーでも苦手です。もう水村美苗の『私小説』並みに、日本と北米の間で揺らいでます。 『私小説』は本当に英語が多いですね。驚きました。でもあのごちゃまぜぶりはものすごくよくわかります。同年代の友達でも興奮すれば「Get this!」といいながら、ウワサ話を持ちかけて残りは全部日本語で話す。はたまた在米歴の長い老人や日系年配者と話すとき、向こうが和英チャンポンで喋りかけてくると、私もつられてチャンポンで返す。日本語で話していたのに英語で返事が返ってくると、「あれ?今の日本語分からなかったのかな?」と次の言葉を英語で返したら、今度は日本語で返事が返ってる… というかんじで。 『私小説』って他言語に翻訳できませんよね。日本語と英語の距離感が重要な話だから。そして国を隔てたぼんやりとした「浮き草」感は私にもあるのでそれはよく分かる。民族的帰属意識が強いのに居住地が自分の民族が多数派を成すどころか少数派なので浮いているのに、故郷に帰ってみたところで居場所がない… というような。私は今のところどこかに根を下ろしたい願望もないので悩みにはなっていませんが、「帰っても無理だろうな…」という客観的判断ぐらいはできます。ところで、この本、文章も美しいですが、挿絵的に入っている写真がいいですね。文章にあっている。でもねぇ、やっぱり「私小説」ってだけあって、内面を掘り下げすぎることによる読者側の疲労感はありました。「愚痴愚痴愚痴愚痴愚痴愚痴ウルサイ!」みたいな。Don’t show me your dirty laundry! ま、でもそれが私小説というものですよね。 わざと日本語で書かれる場合によく見られるような文章構成にしたつもりなんですけど、わかります?
本格小説
水村美苗の作品はいろんな人から薦められてきたけどやっと初めて読んだ。年齢層高めの海外在住女性から薦められる。たぶん、日本の敗戦、高度成長期、バブル期という時代の流れが、「祖父・祖母」、「親」、「自分」に被っていると自分の体験に重ね合わせることができるからかも。 重なっていなくても、「嵐が丘」を日本語の文学として書き直しを試みた作品なので、そういう文学が好きな人にはやっぱり読みごたえもある。この本を読んでいる最中にディカプリオの「ギャッツビー」を観に行き、『本格小説』が『グレート・ギャッツビー』に似ていると思っていたら、ツイッターでも同じことをつぶやいている人がいました。タロちゃんがギャッツビーで、おフミさんがニックなんですよね。女中のおフミさんはカズオ・イシグロの『日の名残り』の「執事」を思い出させる語り口でもある。でも類似性を感じたのは、生まれながらに排除されている階級の存在をありのままに受け止めて生きる人と、それを恨んでいる人、という位置づけからなんだけど。 あの「本格小説」の導入部の水村美苗本人の回想は、あれは事実?それとも作り話?人に聞いてみたら「それを検索したアナタが負け、と巷では言われているらしいよ」というので、「どっちでもエエわ」と負け惜しみを言っておきましょう。 でもあの部分にははっとさせられました。あの頃私もパロアルトに住んでいたので、エルニーニョ現象によるあの記録的な大雨覚えているもん。それにはやり、在米日本人の間での「日本で暮らすか、それともアメリカか」という悩みに揺れ動く気持ちはよく分かる。時々定年退職あたりを機に、家財道具を処分して日本に帰国する人を見ると、しんみりとした気持ちになる。話がそれていくけど、日本と離れて暮らしていても日本の景気に左右されながら暮らす在外日本人は多い。私の仕事もアメリカ企業が日本企業とのビジネスを狙っている限りは絶えない。逆に仕事はさっぱり転職をせざるをえないことだってあるし。そういうところがあの導入部分に描かれているから、海外在住者にはぐっとくるのかも。 次は「私小説」借りたからから、それ読みます。横書きのやつ。 話がさらにずれますが、ディカプリオ版の「ギャッツビー」は私にはなんだか残念でした。ギャッツビーの謎めいた金持ちぶりを誇示するパーティーのシーンがものすごくつまらなかったから。あの部分がほかのギャッツビー映画と大きく違うところだから、あれがいいという人もいると思うけど。
Lullabies for Little Criminals
これは2007年のCanada Readsでトップに選ばれたし、同年のGovernor General賞 (総督文学賞) にもノミネートされた本なので、たぶん当時は書店に平積みされていたと思う。総督文学賞は英語と仏語で書かれた両方の作品が選出されるし、この『Lullabies for Little Criminals』にもモントリオールが舞台とあって仏語の歌詞や文章の抜粋がかなり出てくるから、カナダの文化とは何かをものすごく意識して選出されていると思う。Canada Readsのほうは CBCラジオ (カナダ放送協会) 主宰のイベントで、著名人5人がそれぞれ本を一冊イチオシし、その本がどんなに素晴らしいかをディベートして最優秀作品を選び出すというもの。これも英語版と仏語版がある。カナダを知りたければまずはこれに選ばれている作品を手にしてみたらいいと思う。 で、『Lullabies for Little Criminals』について。モントリオールの貧民街で暮らすジャンキーな父と娘の話なのですが、二人の間は親子の深い無償の愛で結ばれているにもかかわらず、お父さんがいかんせん貧乏だしジャンキーなので「責任能力」ということとなると、警報が赤く点滅してビービー鳴りっ放し。主人公の娘は母親を赤ん坊の頃に失っているので、「お母さんってどんなだろ?」と密かに思い焦がれている。そして少女の愛らしさが美しさへと変わり始め、性的にも体が変化し始めると、不幸が不幸を呼び始め、不幸のオンパレードとなるのですが… 最終章はハンカチやティッシュがないと読めませんよ!お父さん、いつも胡散臭い話ばっかりしてるけど、最後、父娘が化石を見ながら表面上はテキトーなこと言っているシーンはギャン泣きします。要注意。そーねー、『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』ぐらいに私は泣いたな。話は全然違うんだけど。 子供から大人へと成長していく過程で、子供同士の友情や、頼れる大人や、ありのままの自分を愛してくれる懐の大きな愛情がなお必要である一方で、大人のように振舞ったり、大人のように振舞うことを求められたりする。そういうことを繰り返して誰もが成長するのだろうけど、早まって世間に揉まれる子供には不可避の不幸が押し寄せる。「カアチャンのためならエンヤコラ、トウチャンのためならエンヤコラ」しながら、見たこともない母親や責任遂行能力ゼロの父親の愛に飢えているところがなんともいえない気持ちにさせられる。 作者も同じように貧しい環境で育ったらしく、貧民街で暮らす子供たちの様子や風景を書くことができて、それを人に読んでもらえて幸せだというコメントを残しています。作者はHeather O'Neillといって、アメリカのPBSのThis American Lifeのライターの一人でもある。This American LifeのライターといえばDavid Sedarisなんかが有名ですが。あのショーが好きな人ならこの本はかなり気に入ると思うな。 ドラッグ&売春に関する英語のスラング、その用法もこの本から色々と学べます。そして語り部が子供なので英語は比較的簡単。
日本人への遺書
この夏にスペインとポルトガルに行こうと旅の案を練っていますが、何年も前にこの本を読み、いつかアンダルシア地方に行ってみたいと思っていました。 天本英世は仮面ライダーの「死神博士」役で有名でしたが、太平洋戦争に青春を奪われてしまった人のひとりでした。その体験からかスペインを心の故郷とし、アンダルシアを流れるグワダルキビール川が大西洋に注ぎ込むあたりに自分の灰を撒いて欲しいと遺言を残し、ついでに現代日本人のライフスタイルに警鐘を鳴らす意味をこめてこの本を書いたようです。国家と個人の関係についての天本さんの姿勢が書かれていて、バッサリと日本の曖昧さが切り裂かれています。「明日が毎日当たり前のように来ると思うなよ」という姿勢は私も共感するものがあるし、とても好きな本です。 それでこの本を少し読み直したり、旅行好きの友人にいろいろ教えてもらったり、ネットで情報探したりして。独り旅だったら「現地についてからでいいや」と思えることでも調べたり。 今イスタンブールで暴動が起きているから思い出しましたが、昔昔トルコが好きになり、三回に渡ってトルコを独り旅をしたことがあります。インターネット前時代だったし、独りだったし、あんまり予定を立てなくてもいいかとイスタンブール往復チケットと最初の夜のホテルだけ日本から予約して、イスタンブール入りしてからアンカラ、カッパドキア、地中海沿岸の村々、黒海沿岸の町まで3回の旅行で回れたのだから不思議です。3回目の旅行ではトルコに住みたいと思いボスフォラス大学に見学に行きました。若気の至りです。 ネットで事前調査はいくらでもできる今は逆に「調べてないの?」ということになり、予約しておくことで安上がりになることも多いのでやたらと調べものが多い。スペインで鉄道旅行したいし。でも独りじゃなくて連れがいるし、仕事の合間に行くから時間制限もあるし調査は必要ね。 ... 気がついたらいつのまにか FB の右側の広告がスペイン関係でいっぱい。どこのサイトもいいね!してないのに。読まれているわ。
岬
前回の帰郷でワイドビュー南紀に乗って三重県津市から和歌山県紀伊勝浦まで旅したときに中上健次の小説を思い出したので、今また読み返してみた。 一番最初に読んだとき、中上健次がどういう人でどういう小説家なのかほとんど知らないでいたけど、いろいろ知恵をつけてから読むとまた違う。会話が方言だからあのあたりの方言を知っていて音読できる人(私にでもできるかも。でもちょっと言葉が古いから練習が必要。夕べちょっとやってみた。)と、そうでない人とでも印象が変わるかもしれない。高校の国語の授業で先生が宮沢賢治の「あめゆきとてきてけんじゃ」をその方言の話者に頼んで録音したのを聞かせてくれたことがあって、ものすごく驚いたことがある。だから「岬」なんかもオーディオブックにしたほうが面白いかもね。とりあえずは地図を見ながら読むとなおいいと思う。 そういえば好きな作家は誰?なんていう話をする機会があっていろんな人の名前を挙げたけど、中上健次を挙げるのを忘れていた。作風的に「私も彼スキ!」と黄色い声をあげて女同士で本の貸し借りに至るかんじの作家じゃないから忘れてた。
クライマーズ・ハイ
日航123便の墜落事故は私の心に深く刻まれています。あの日夕方過ぎ名古屋からの電車に乗ると号外を持った人たちでいっぱいでした。電車内は不穏な空気に包まれていて、友達と何が起きたんだろうと号外を盗み見ていたのです。もしかするとあれは事故当日じゃなくて翌日だったのかも。その辺の記憶は曖昧。でも自分の将来を決めるのに悩んでいた夏に起きたことなので深く印象に残っています。 そんな体験からか内田幹樹の本で内田さんならではの日航事故や事故調査に対する意見を読み、どことなくいつも興味がそそられたので「クライマーズ・ハイ」を読むことに。映画はまだ観てない。 最初から最後まで主人公が好きになれず理解もできませんでした。新聞社の中が政局の争いや戦国時代の武将たちの国盗りゲームみたいなノリで描かれていて、その中で孤独に聖戦を挑まんばかりの新聞記者がいるのだけれど、何かあるごとに「辞職するつもり」でやるなどと「ハラキリのサムライ」はたまた「爆弾を腹にまきつけた少年」のごとく立ち振る舞うくせに、人情・涙などに絆されたり憶測に邪魔されて実行には移さない。「手間のかかる男だ!」とイライラが募る。プロの記者として勝負を掛けるスクープに対してもプロとしての命を張らず、私はガクンと椅子から転げ落ちそうになった。その落とし前をつける機会が巡ってきたかと思いきやそれは読者からの投稿欄で(しかも投稿欄は自分の管轄セクションじゃない)、「それは載せたらあかんやろ」というシロモノを自分の過去の清算をするために意を貫く。私は本を壁に投げつける。 その…「記者である前に生身の人間であるから」ということが言いたいのかもしれないけど、「そのキミの他人や会社を大きく巻き込んで、ボカスカ人を殴ったり、暴言吐いたりして、個人的な問題の処理をしようとする判断力を大きく疑問視したい!!」と私が社長ならクビにすると思う。しかし、新聞社に勤めている大人たちがどうして個人的なこと(親の悪口とかね)を持ち出して意地悪なことを言い合っているのだろうか。 話が全然違うから比べるのはアレだけど、「誰にも決して知られたくない過去を持つ男」という括りなら、Mad Men のドン・ドレイパーのほうが数段上を行くよな。この本の場合は「誰にも決して知られたくない過去」があるのために何をやっても裏目に出てしまう男という割にはヒーロー性が高過ぎる。 著者は元新聞記者なので「本当に新聞社の内情とは本当にこんなレベルなの?」と私が不安を感じたのも、最近読んだ「【213】女性社員のための「犠牲」はもう御免 -「母性保護」の陰で過酷な業務を強いられる社員たち」という日経BPの記事が影響してます。FB でこの件に関しては盛り上がらせてもらいましたが。
