サンフランシスコの友達が呉れて、荷物が重いからと別の友達の家に置かせてもらって、やっと持ち帰って読んだ。往復書簡形式の話は好きなんだけど(自分でも書いているし)、こんなに立て続けに読んだらお腹イッパイになってしまう。 しかし立て続けに読んでみて思った。この本に収録されている話はどれもこれも玉葱の皮を一枚一枚剥ぎ取ると「真実」のようなものが出てくる。でもそれが「私をわかってほしいの」的な、見せることが前提の内観で、そこに辿り着くまでドッキリする仕掛けになっている。私はそういう仕掛けが好きではない上に、「ああいえばこういう」的なやりとりも、そんなに彼女のことが好きでない彼に、彼女が一生懸命「自分がどれぐらいアナタを愛しているか」と事細かに書いたのを読まされてうんざりする、ぐらいの気持ちになった。 どーでもええやん と思ってしまった。 それよりも、友達から借りたナンシー関のエッセイのほうが楽しかったし人生の勉強になったな。トロントですっごくナンシー関に似ているカナダ人を知っているんだけど、直視しているときに思い出すので困る。
Category: 読書
The Poisonwood Bible
私のお気に入りの毛糸屋では、読書好きも多く、編物の話をしていなければ本の話をする。その時に薦められた一冊。 1960年代、コンゴに居たアメリカ人宣教師(父)の家族の話なんだけど、まあその父が「アフリカを変えたい」という間違った認識を病的に強く持ったヤローでして。ワニがいっぱい泳いでいる川で「アフリカの子供たちを洗礼してあげたい」なんて真剣に思っているぐらい… とばっちりはその妻と娘4人に降りかかり、この話の構成はその5人の女がそれぞれの視点から状況を語るというもの。5つの視点があれば、そのうち1つぐらいには感情移入できるというもの。でも、その逆もまた然り。一番物質的な長女が私は一番理解できたな。 これは日本でいう「女流作家」的な作品だった。だから毛糸屋で話題になったのかも。 聖書の話がいろいろ引き合いに出てくるので読むのに時間がかかったけど。poisonwoodって触ると皮膚がかぶれてしまう木のことで、本物のバイブルより、アフリカに実際に触れて痛い体験をしたことが「自分のバイブル」となっていろいろ学んだ女たち、ということかも。 次に薦められたのは The History of Love。翻訳者が主人公で、「アナタ向け」ということなんだそう。
伝える極意
サンフランシスコ滞在中、ご令嬢経由で著者ご自身からメッセージ付きで頂き、トロントまでの機内で読みました。「TJWKのブランケット買ってくれたりお世話になっているんだから、本はもらうんじゃなくて買え」と教授に言われ、ポチっと購入する既の所で私の手元に届きました。 さて本題… 一流通訳者がどうやって仕事をしているかが書かれているから、それを目指す人に必読の書であるけれど、通訳者の任務遂行過程を知ることにより、通訳される側であるパブリック・スピーキングをする人、スピーチやプレゼンをする人も是非読むべき内容が書かれています。だって通訳ほど人の話を真剣に聞いている人いないからね。コミュニケーションの成功と失敗の現場に常に居合わせている人たちだからこそ傾聴に値します。 そんなことに興味がないという人でもキラ星のごとく登場する人物や歴史的事件を通訳の目を通して知ることができる楽しさがあります。ここに書かれているコミュニケーションというのは世界の大舞台でのことが例として引き合いに出されていて、有名な政治家たちがどのようなコミュニケーションをとってきたのかを語られている部分があります。私は職業柄、通訳・翻訳業のトップに立つ人たちの著作を読むことが多いのですが、中曽根元首相のメッセージ伝達力は秀でているという通訳者は多いです。東京オリンピック招致活動にも長く深く関わってきた著者ならではの、オリンピックネタも盛りだくさん。 この著書は小難しく書かれているわけではなく、軽妙で読みやすく、頭に入ってきやすい。まさにタイトルどおり、伝わってきました。 近々NHKの「プロフェッショナル」でこの長井鞠子さんが紹介されるので、そちらも是非見てね。 http://www.nhk.or.jp/professional/schedule/ 適性が全く違うという点から、通訳と翻訳は似て非なるもの、とよく言われますが、意味を伝える、正解がない、コミュニケーションの生き証人という点では同じではないかと思います。私は、互いの国に進出する日系企業か米国企業を翻訳でサポートするのですが、その始まりであるプレゼンとその付随資料の翻訳は、やはりビジネスの成功を願う気持ちから「字面どおり」の翻訳はしません。プレゼンなら音読もしやすそうな、視覚的にもパッと理解しやすそうな言葉や文章の短さ、句読点のつけ方を時間の許す限り考えます。そして、こんなに真剣に資料を読み込んでいるのは実は私だけという現実もあり、「このスライドではこんなこと言っているのに、あっちではあんなこと言っている…」などと細かい部分での論理の整合性チェックは「私に任せて」と内心思っている… 話はさらにずれるけど、コミュニケーションって諦めたらお終いよね。諦めもいろんな形があるけど、弱肉強食の世界で強い位置にいるとか、コミュニケーションを誰かに依存できる状況にいる(夫婦関係で片方が依存している状態とか)場合なんてのは、意思の疎通をはかりづらいから、どちらの側も諦めやすいよね。 余談ですが、翻訳は通訳と違って薄給です。
出雲の民窯 – 出西窯
出雲の出西窯を訪ねたときに買った本。 民藝運動について知らなくても平気。これを読めば分かるから。 やっぱり太平洋戦争で人生の予定が狂って、人生仕切り直した人の話だから説得力あるけど、背水の陣を引くって重要ね。地道にコツコツやってさえいればなんとかなる... なんてことはなく、すごく積極的。 「世襲」で始めたわけじゃない点も現代につなげやすい。 都会に出ずに田舎で勝負した人の話だし、地産地消で地元を盛り上げたいなんて思っている人にはグっとくるところも多いと思う。ま、でも基本は地方発であっても「(しかるべき)第三者の眼」がいかにも大事。自己満足って何かを極めようとするときの最大の敵よね。 どれぐらいの貧乏生活を強いられていたのかというのも窺えるところもいいな。 今日、そういう話をしてたところなんだよな。元美術専攻の学生と元英文学専攻の学生(私)との会話で、自分の得意なことを活かせる仕事をするにはどのヘンまで貧乏を我慢できるか、という話。私は翻訳(とブログ)に出会ったおかげ切り抜けられたんだけど。
ことばの食卓&江戸の味を食べたくなって
友達に借りたこの二冊を立て続けに読んでいたら、おいしいものが食べたくてしょうがない。 「ことばの食卓」で武田百合子が干杏を煮含めたものを、おいしそうに食べている様子を書いていたので、自分で作ってみたら、おいしかった。 教授と冷凍のサンマの塩焼(全然美味しくない)をつつきながら、「日本でなら、サンマは秋から冬のものがおいしい、旬ってものがあるのよ。魚はいつも生のものを食べてるわけじゃなくて、一夜干しなんてのもあるのよ」と説明。 季節ごとに楽しむ食べ物を貪欲に追いかける人が少ないため、カナダの大型スーパーは一年中同じものが置いてあるという話で手芸部で盛り上がったところだった。真冬なんて野菜も果物(リンゴ以外)も全部輸入品しかないんだから、もっとバラエティに富んだものを輸入してくれればいいのになぁ。 今私が食べたいもの... やわらかいキャベツ... 池波正太郎は「うまいものを食うには金をけちるな」と言うんだけど、ないのよ、やわらかいキャベツが...
野球を学問する
友達からもらった本。現役時代の桑田真澄は好きじゃなかったけど、引退後スポーツついて色々と意見している彼は面白い。今年初めスポーツにおける体罰が問題になったときに日本にいた私は、彼の体罰批判をテレビで知り気になっていたのでした。以前甲野善紀の著書で桑田が投球法改善のため甲野さんの指示を仰いだ話を読んだことがあり、まあその頃から気になる存在ではありました。でもPL学園時代から、体力、技術、考え方が人並みはずれていたとは、この本読んで初めて知りました。対談相手が平田さんという日本サッカーにとっては重要な人物なので、サッカーとの比較が読めるのも面白い。 監督なんていなくなって自分たちで野球は考えてできるし、考えながらやればこそ野球は面白い、と彼は言う。確かに野球(のようなスポーツ)は考えている時間がやたらと長いので、別に体が優れていなくてもそこそこできる。対戦相手を激しく罵倒するシーンも少なめで地味。私はそういうスポーツのほうが好きで、カナダに来てからはカーリング選手権を見るのも好き。 私は「ボールがバットに当たった!わーい!」と喜ぶ程度の弱小ソフトボール部に入部したのに3年後には県大会に出場したという経験があります。なぜそんなことになったのか不思議ですが、あまりにレベルが低過ぎて、ルールや戦略の基礎を先生やみんなと本を見ながら、いろんなバントの種類、走塁、盗塁、ランナー牽制方法を3年かけて知った結果なのかもしれません。桑田も言っているけど守備の選手がいないところにボールを打てばとりあえず出塁できるというスポーツなので、とりあえずボールをバットにあてることさえできたらそれでいい、というのも好都合のスポーツです。まあでも投手と捕手が9割カギを握るスポーツだから、そこだけは必要なんだけど。 タッチアップとか振り逃げなど高度なことになると「どうして?」と話し合い、野球好きが多かったので「昨日のナイターの7回裏の攻撃でXXXのシーンがあったけど、あれってどういうこと?」などと復習もしていました。決して体力や資質があったわけでもなく、雨が降ればイヤ、寒いとイヤ、暑いとイヤというかんじだったし顧問の先生のことを「気持ち悪い!」と言っていたので「絶対服従」もなし。人気のないスポーツだったので先輩の数が少なかったのもよかった。 でも普通の草野球的な策略が一切ないゲームは時間の無駄としか思えなくてすごく苦手。
雪のマズルカ
サンフランシスコの友達が「芦原すなおが好きだ」と本を交換し合っていたのを見て、私も読んでみようとKindle版を購入。私にはちょっと怖い話。何故かこの話はどこかで読んだことがあると既視感を感じた。実は昔読んだことがあるのか、「悪童日記」と類似した話が出てきたからなのか。2000年頃から読書日記をつけているけど(書籍名と読んだ日と簡単な備考をつけているだけ)、記録し忘れると本当に何もかも忘れてしまう。 芦原すなおって男だよね?この話は主人公が更年期障害があってもおかしくない年齢の女性。でも「オバサン的思考」がよく描かれていると思う。ごちゃごちゃ言われてもオバサン的視線はブレない。 もっと読みたいな。芦原すなおで何がお勧め?
巴里の空の下オムレツのにおいは流れる
機内で石井好子の「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」を読んだ。昭和38年に書かれた食に関するエッセイなので今読むと「健康に悪そう」と思わずつぶやいてしまうほどバターたっぷりな食事の話が多い。和食派の人には胸の悪くなるような話。でも日本食の食材が簡単に手に入らずにスパゲティを代用してそうめんを作るとか、石井さんとは時代も居住国も違うながらも海外生活者ならその苦労が分かる。駅弁の話も出てきて、石井さんのお気に入りの駅弁に私の大好きな「めはり寿司」が挙がっていた。ほかに「ます寿司」、「鯛寿司」などどれもこれも同感するけど私は「柿の葉寿司」も仲間に入れてあげたい。 私は料理をあんまりしない(できない)のに親戚の叔母が経営しているペンションで食事の用意や後片付けを手伝ったことがあり、電気釜でご飯を炊いたにもかかわらず大失敗したことがある。料理のプロである叔母から「バターを入れてかき混ぜて!」と間髪入れずに指示があり、バターライスを瞬く間に作った。石井さんも同じ方法のバターライスの作り方をこの本で紹介していたから思い出した。余談だけど、このペンション生活で毎晩UNOをやって負けた人が次の日の朝食を作るという罰ゲームがあって、私が朝食にお味噌汁を作ったら「塩辛くて食べられない」とみんながお椀を持って蛇口に走っていったことがある。実は味噌をどれぐらい入れたらいいのか分からなかったのであった… Kindle版すら出ているこのエッセイがどうしてこんなにロングセラーなのか不思議だったけど、単に食べ物の話だけでなく、石井さんのキラキラと華々しい交友関係や育ちも出てくるし、ヤワな深窓のお嬢様ではなくてキリっと筋が通ったところが面白かった。
聖痕
なかなか面白うございました。私が今までに読んだことのある筒井康隆のSFっぽい話とはかなり違い楽しめました(SFはちょっと苦手)。 最近北米でバカ流行する本はひとつひとつの章がとても短くて、チャッチャッと素早く読破できるような構成になっているものがとても多いですが、「聖痕」には「章」なんてのはなくて、「ここまで読んだら休憩しよう」という空白・切れ目がない。おまけに古語や枕詞なんて雅やかな言葉がずらずら出てきて脚注の解説を読みながらでお目目は左右に忙しく動く。朝日新聞に連載されていたのね。どうやって区切って掲載されていたのでしょうか。折角だから巻物で出版してくれれば面白かったのに。どうせストーリーも人生絵巻物ふうだし。 一息つくタイミングを失い結局一気に読みましたが、最後は壮大なスケールに話が及んで神々しさが滲み出てきたあたりから、光源氏が終の棲家を設計し愛人を住まわせ万事めでたしとなった様子が脳裏を掠めましたが、愛に生きた源氏とは正反対の主人公でした。 私もこういう高雅な語彙を増やしてブログってみようかしら。仕事でカタカナを使うことが非常に多い私はこんな麗しげな言葉に憧れます。漢字変換作業が大変そうですが...
箱根富士屋ホテル物語(増補版)
「本格小説」を読み終えた後に「似たような話だ」ということで友人が借してくれた。華麗なる一族の話ということで共通点はある。富士屋ホテルを興した一族の話。 「箱根富士屋ホテル物語」は1994年、増補版は2007年にそれぞれ刊行。読むなら増補版が断然お勧め。あとがきに書いてあるけど、戦後に同族経営が難しくなってきた頃のドロドロした話は1994年時点では書けなかったから。でもそのドロドロの部分が単に昭和の話ということではなくて、横井英樹に買収されそうになったところを切り抜けた話が書かれていて、「昭和な人々」には面白いわけです。児玉誉士夫の名前も出てきた!横井英樹に買収されていたらホテルニュージャパンのように燃えてなくなったかもしれないから、ヨカッタヨカッタ。 ↑そんな昭和の闇を暗躍した人の名前が増補版にはちりばめられているので、あとでウィキペディアでそっちのほうを読んだりしてとても楽しめる。 華麗なる一族じゃなくて普通の一族だけど、曽祖父ぐらいまで遡って家族史を書いてみたいなと最近思う。ブログには書けないけどね。家族の目にしか届かない形で家族の記録として。それを口実に日本長期滞在!
