島根のことを調べていたら民藝運動の影響を受けた陶芸が盛んであることを知り、陶芸好きとしては是非とも窯元のひとつやふたつは訪ねたい。まずは温泉津。 石見銀山からバスと鉄道で温泉津に行こうとしたら時間表の解読ができずただでさえ本数の少ないバスを逃す。時折特ダネ級の大森町のウワサを繰り出すタクシー運転手に耳を傾けながら、タクシーと鉄道を乗り継いで辿り着いた温泉津は小さな鄙びた町で日帰り湯も楽しめる。でもそれほどお風呂好きでもないので3件ほどある窯元とやきものの館だけを訪ねる。 しかし… 閑散期なためどこも開いているといえば開いているけど誰もいない。作品を眺めまわしたものの誰も出てこないから寂しい。どうやったら人を呼び出せるのか、呼び出したところで買うわけじゃないし。嗚呼寂しい。素敵だけど好みじゃない。ちょっと残念。やっぱり閑散期だからだろうか。ちらりと温泉津の港を見る。小さいけど綺麗。この港も銀山への物資輸送に使われかつては栄えたとか。 日を改め、今度は出雲の出西窯。有名で雑誌にも取り上げられてるけど、やっぱり現地は違う!まず田んぼの真ん中にあるのが愛おしい。この窯の成り立ちはウェブサイトで読んでもらえばいいけど、民藝運動の誉れ高き陶工たちに指導を受けて完成したと言われる形の食器を綿々と作っている。少しアレンジしたものもあるけど。島根のソウルフードと言われるぽてぽて茶漬の茶碗は丸っとして可愛らしい。これは百姓が田んぼのあぜ道で休憩するときにお茶よりは腹持ちのよいお茶漬をお箸を使わずに「飲む」のに使われた茶碗らしく、今はご飯茶碗でも何にでも使うみたい。クリスマス前だからなのか商品出荷で忙しそう!ショップの横にフル稼動している工房があり見学できる。ダイヤモンド社から新しくこの窯についての本が出ているので買う。まだ読み切ってはいないが戦後「ふるさとで何かしたい」と思った人たちのいきさつが書かれているかんじ。散々食器を見て触り窯の人と話をして、食器も購入し大満足。 工房の中 工房横の登り窯 その後、出西窯の紹介で玉造温泉駅そばにある湯町窯へ。ここも民芸運動の影響を受けていてその筋の著名人の名が連なっているだけでなく、おにぎり大将の山下清もここで陶芸をしたので作品が残っている。ややセレブな感じがするが閑散期。客は私だけ。窯を司る福間さんとおしゃべりし、その奥様とも洗濯物が乾きにくそうな山陰の冬の天候の話などで盛り上がる。食器を買おうとしたら現金のみとのこと。現金不足の私を玉造温泉の郵便局に送り出してくれた。この温泉街は駅から田んぼの中の川沿いを山に向かって歩くと見えてくる。現金引き出して、お昼を食べて、また窯に戻ると、買ったお皿たちはきれいにラッピングされていた。雨模様だったので、またひとしきり私の島根旅行の話を聞いてもらい、もうここまで来るとお別れするのも名残惜しい。 陶工の自戒? ザ・山下清 この川に沿って温泉街へ(春は美しいに違いない桜並木) 本当はまだ訪ねてみたい窯はあったけど時間切れ。実は島根ではいろんな人たちとおしゃべりし、素朴な工芸品を見て回るのが一番楽しかった。 後は出雲大社と松江についてだな。
Category: 旅
島根の旅 – 石見銀山
昨年いろんな方々から島根情報を頂き、ついに島根訪問が実現。思い切り堪能してきました。東京駅夜10時発の寝台特急列車「サンライズ出雲」に乗り、朝10時に出雲市着。初めての寝台列車は、もうその中にいるというだけで大興奮。岡山から山間部を通り抜けて宍道湖が見えたときの感動は旅の気分を一層盛り上げてくれます。 出雲市からすぐに乗り換えて大田市へ。世界遺産の石見銀山をまず訪ねます。大田市までの山陰線は海沿いを走り、場所によってはプラットフォームから浜に打ち返す波が見えます。そう、堤防がない!そして石州瓦の橙色の屋根と山の色がとても美しい!お寺の屋根も橙色!そんな小さな景色が旅のご馳走。 明るい橙色の屋根は新しく、古いものは色が混ざり合っている 石見銀山では「他郷阿部家」なる武家屋敷を復元改装したお宿に泊まります。ここを経営する群言堂というアパレル会社のことを知らなかったのですが、それについてはまたあとで。お宿到着はお昼前。群言堂の本店のカフェで食事を軽く済ませてまずは銀山へ! 午後1時からボランティアによる無料の銀山案内があります。12月中旬の観光オフシーズンとあり、2時間の散策コースに参加するのは私のみ。ボランティアのおば(あ)さんは「マンツーマンは初めてです」と元気ハツラツ。定年退職後、銀山の歴史を勉強して自分の足で銀山を歩き回っているとのことで、歴史、地理、植物、地域の活動に詳しくて熱心。彼女の指差す方向に銀山の頂上が、銀の鉱脈があることを示す羊歯が、間道が、何某の墓が、寺が、神社が、シニアボランティアによる草抜きの成果が!!!内容が濃い!足が速い!彼女の銀山ラブを私一人で受け止め切れない!!! 銀山の鉱夫たちの住居跡 でもとても楽しかった。龍源寺間歩の中も歩きましたが、オフシーズンなのでほとんど誰もいない。銀山の町のことなども二人で色々お話しながら3時間は経過したでしょうか。もう他人とは思えないほど濃密な時間を過ごしました。 この大森町はテーマパークのような「作られた感」がほとんどなく、ありのままの生活感が溢れていて、おみやげもの屋さんで町がひしめき合うということはないようです(オフシーズンに行ったから分からない)。でも銀山の町らしく人に訪ねてきてほしいという努力は感じられ、家の軒先に散策する人たちが楽しめるような花がいけてあったりします。人口420人で高齢化や過疎化も進んでいるし、24時間体制で観光客を受け入れるキャパもなければそのつもりもなさそうな、自然な感じがとても気に入りました。 日暮れとなり他郷阿部家へ。ここは群言堂という会社がやっていて、その経営者である松場登美さんは三重の人。全国で講演して歩き著書もたくさんある有名人。そんなことは何も知らずに、友達の「(クラフト好きだから)絶対ここは気に入ると思うよ」という一言でやってきて大正解!宿は素敵、パジャマや寝具は群言堂のもの、お料理は若々しくて美味しい地元の素材を使った家庭料理、本棚には私の好きな白州正子や宮本常一の本が並ぶ。夕飯はもう一組の宿泊客である視察団と、群言堂のデザイナーさん、そして松場さんご夫婦とご一緒しました。類稀なる社会勉強の機会でもあり、「やっぱりな」的な認識を深める夜でもありました。本当ならもっとリラックスした状況で松場さんご夫婦とお話がしたかったです。 阿部家の入口付近 (BEFORE/AFTER のビデオ拝見。この改修のすごさが分かる) 朝食後、折角だからと群言堂本社を見学させてもらいました。夜のうちに松場登美さんのインタビュー本を読んだので、ちょっと知恵をつけた状態での見学です。本当にこんな過疎の村によくこんなにも若者がいるね!と驚きます(100人も雇用しているのだそうで)。ただふらっと銀山を見に来ただけなのに、まるで視察に来たみたいなことを言っていますが… 帰りのバスの時間を大幅に間違えて、レンタサイクル屋のおじさんとほんとうにどうでもいいことを長話。ここでは悠久の時間が流れているのでした。 また行きたい。
島根の旅
日本に一時帰国するのでこの機会に一人旅を目論んでいる。新しい秋田の新幹線にも乗りたかったけど、北国(カナダ)から日本の豪雪地方に冬の旅に出なくてもと島根にした。 でも私は島根のことを何も知らない。出雲大社ぐらいしか知らない。周囲に聞くと「砂丘のあるところでしょ…?」とみな同じ間違いを犯す。みなさんそれは鳥取ですよー!前にも書いたけど、鳥取と島根は漢字が似ていて隣り合わせ並んでいるのでほくろの位置が違うだけの双子みたい。ついでに告白すると、箱根にも行く予定なので、ハコネなのかシマネなのかどっちに行く計画を立てているのか混乱する。 そんな宿命の島根訪問にはいろんな伏線がある。すっかりガイジン化している私は日本帰国のたびに「東海道本線沿線の町と実家しか行ってない、変わり映えしない」と思うようになり、地方を旅するようになった。初めて訪れる町の寂れたシャッター街を見ては懐かしがり、田舎の色街の包み隠すことのない大胆な看板をひとつひとつ読みながら夜の街を歩くのも趣味になった。そしてさらに楽しいのは夜お酒を飲みに行くときで、その町の人たちとまったく噛み合わない会話を楽しむのが旅の醍醐味とすら思うのであった。 昔々アメリカから山形県酒田市を訪ねたとき「どちらから来られたの?」と旅館の人に聞かれ「三重県からです」と答えたら、「三重から酒田に来る人は少ないんですよー!!」と非常に珍しがられ手厚くもてなされたことがあった。それ以来日本国内の人の動線が気になる。三重の人は山形嫌いだから山形に行かないのではなく、山形に行くのが不便だから行かないのだと思う。ま、旅館のおっさん一個人の意見だけど、老舗っぽかったからそれなりの経験に基づいた発言であろう。 そして「島根行き」は刷り込まれた感じもある。トロントの島根出身の友人が「東京から夜行寝台車で行ける」と私の鉄道ロマンをくすぐった。調べれば「サンライズ号」という東京駅夜10時出発で翌朝島根到着という、その名のごとく… しかも札幌行きの本州を縦に旅するほかの寝台車と違いリーズナブル。高速バス派の人には「え?なんで?」ですが私はバス酔いするタイプな上、鉄道派。 今日も「島根に行ったら、境港で鬼太郎グッズ買ってこよう!」なんて言っていたら、境港はトットリでした… 鬼太郎すらないなんて、まるでムーミンもマリメッコも輩出していないノルウェーみたいじゃないか!もうますます島根が恋しくなってきた。あ、最近ノルウェーは「アルネ&カルロス」で頑張ってるけどね。まあそれも狭いニット界だけの話。 … とまだ足も踏み入れていない島根を熱く語ってしまった。誰か島根の温泉お勧め情報を教えてください!食べ物も。陶芸は結構色々あるみたいね。
ポルトワイン
何故ポルトワインを売っている会社はみなポルトガルっぽい名前ではなく、英語っぽい名前のでしょうか。テイラーズ、サンデマン、コバーン、チャーチヒルなどなど。それは私の長年の疑問でもありました。テイラーズの酒蔵に行ったときに聞いてみましたが、あの甘いポルトワインを発見し外国へ輸出したのはイギリス人だから、ということだそうです。昔はスコットランドの羊毛と交換していたし、今はポルトワインの使用済みのオーク樽をスコットランドに運び、ウィスキーを寝かすのに再利用しているという話でした。テイラーズの人の話によると世界22カ国に輸出していて、葡萄が不作に見舞われても輸出し続けることができるほどの巨大貯蔵量を保っているのだそうで… なんだか有り難味が薄れました。 昔はこんな船でワイン樽を輸送していたらしい ポルトにもある老舗デパート「El Corte Inglés」に行くと、その地下一階のワインコーナーには普段用のポルトと特別なポルトが溢れるほど陳列してあり必見。それほど頻繁にポルトワインを食前食後に飲むということもないけど折角だから買うことにしました。ボトルを開けても長くおいしく飲めるものなのかどうかすらわからなかったので尋ねてみると「ビンテージ」のポルトワインはボトルで醸造しているので開けたらすぐに飲まないとダメで、ビンテージでなければウィスキーのように長く持つということでした。10年ものとか30年ものとかいうのも、「平均して10年、30年」になるようにいろいろな年のワインを混ぜ、そのブレンドの仕方が腕の見せ所であり金の儲け所でもあるという。ふうん。 ルビーとタウニーを買ってきましたが、実は一番感動したのは白のポルトワインにレモンスライスと氷を入れて振舞われた食前酒で、暑い日にはなかなかすっきり爽やかだったのでした。でも買うのを忘れた… 地元ポルトガル人に聞けば、有名じゃなくて小さなワインメーカーはいろいろあるし、ワインは自宅で作る人も多いから、と言っていました。そういえばトロントにはポルトガル移民も多くて、彼らの多く住む地域に行くと庭に葡萄棚が作ってあって、自分でワインを作る人も多いよね。ワインを愛する民ということかな。鱈を捕るポルトガルの漁師がカナダまでやってきて住み着いたってポルトのタクシーの運転手が言っていたけど本当かな? ポルトワインに限らず、ポルトガルのワインは白も赤も美味しく、毎日毎日食事に合わせ、デザートに合わせて、いろんな種類を飲みました。リバークルーズの昼食にも二人で一本の赤ワインが振舞われていました。教授の学会でも昼間から大量のワインが無料・無制限に振舞われていてスゴかったとのこと。 トロントと違ってレストランでボトルを選ぶにしてもかなり価格帯の低いものでもとてもおいしい。
ドウロ河クルーズ – ピニャン行き
歩き疲れたし、人に勧められたのでドウロ河のリバークルーズを試してみることにした。とても長い川でスペインまで続いている。クルーズ会社はたくさんあってネットで予約もできるみたいだけど、私は現地の宿泊先のホテルのフロントデスクにオススメを聞いて予約してもらった。ホテルまでお迎えに来てくれるというのでそれもお願いした。 フロントデスクのお姉さんが、川を下るクルーズもあるのだが「この川は遡ったほうがよい」と断言するので、アドバイスに従う。どこまで遡るかにも選択肢があり、日帰りから数日間ものがあるが、私は日帰りで行ける所まで行くことにした。午前8時出航で午後5時にピニャン着、45分ぐらいピニャンで休憩し、午後9時に電車でポルトに戻るという、朝食と昼食付きコース。 桟橋に行ってみると、時期がアレなのか、クルーズ会社がアレなのか、アジア人は船の中で私独りで、単独参加者は私とルーマニア人の女の人だけ。このルーマニア人と私は仕事を持っているタイプだし旅行好きということで共通点あるかもと思い、英語もわりとできるので朝食時に話をしてみた。しかし何事も否定的な視点で見るタイプであった。旅のお供にはキツイ… たとえば、船上で家族の寝顔写真を撮って遊んでいる人を見ると「こんなに美しい景色の中にいるというのに馬鹿じゃないかしら」と必ず口に出して言う。嗚呼… ドウロ河は川幅広く素敵な大橋がたくさん架かっているし、曲折も激しく、大きな水門をいくつも通過する。景色も美しく、可愛らしい村や廃墟、発電所や送電所、採石所なんかも見えたり、鳥や羊にも出会える。有名な段々畑の葡萄農園は綺麗だけど、ネットやガイドブックにあるような写真は航空写真で上から撮られていて、船から見上げると段々になっているのがかろうじて分かる程度。それでも綺麗ですが。日本の茶畑の畝を見て綺麗!と思っても何時間も見とれたりしないですよね。私は船上でヒマしてました。何時間もぼんやりと景色を眺めるだけなどという贅沢な時間を過ごすなんて滅多にないので転寝したり、写真撮影したり、人とおしゃべりを楽しんだりした。 葡萄の産地とあって夏は太陽は燦々と輝き、乾燥した土地柄なので夏は山火事が多く、放火も頻繁に発生しているらしく、この日も山火事の煙がモクモク。クルーズ船の後方から小さな飛行機が3機飛んできて、船の真後ろにダイブしたかと思うと、しばらくしたらまた忙しそうに飛び立っていった。これは山火事の消火活動にあたっている飛行機なのだと人に教えてもらった。その機動力溢れる飛行に感動して写真を撮っていたら、ルーマニアの女が「そんなものの写真とってみんなバカみたい」と言い放ったけど、あとでヤツがカメラをプレビューモードにしてこれまでに取った写真を眺めているときにヤツも飛行機の写真を撮っていたのを横目で目撃。 しかし私はとってもラッキーでした。ポルト近郊の地元民、ポルトガル人一家の1人が独りの私を気の毒に思ったのか拙い英語で話しかけてくれた。9時間に渡り同じ船の甲板でしゃべったり昼寝したりしたので濃密な時間を過ごした。お八つも分けてくれた。彼らも言っていたけど、クルーズの旅はレグアからピニャンの間のほうが綺麗です。川幅が少し狭くなりもっとより自然に近づけるから。クルーズにはレグア行きとピニャン行きがあったんですよ。ピニャン行きにしてよかった。 最終地のピニャンは小さな村で土産物屋さんとバールが何軒かある程度。でも「こんな僻地まで来たのか!」という達成感がある。鄙びていて観光客がお金を落とすにも落とす場所がなさそうな村ですが、鉄道の駅があるのでたぶんここにクルーズが停泊するのでしょう。レグアのほうはホテルも立ち並びちょっとした町だった。 ピニャンの駅舎 そのうちポルト行きの電車がやってきて、ルーマニア人と一緒に(一応旅の仲間で色々話はした)ガタゴト揺られながら帰ってきたけど、「ポルトガルの交通機関とか信号ってわけわかんないわ!」とまた文句言い出したので、「ルーマニアはそんなにいいの?」と初めて嫌味をこめてみた。ポジティブな私には理解に苦しむタイプの人だな、やっぱり、と最後の2時間は数読に没頭するフリしてほとんど口を利かずに帰ってきた。「こんなとこまで来て数読やるバカな人!」と思われていたことでしょう。 私に親切にしてくれたポルトガル人一家が一足先に途中下車していくので、「カナダにいつかくることがあったら連絡してね!」と数読のページを一枚破って、それにメールアドレスを書いて手渡したら、家族で唯一英語ができる女の子が涙目に。この家族はお父さんが問題児でして、クルーズ船を途中で降りようとしたり、電車がもうすぐ来るというのに線路を歩いてどこかに行こうとしたりして(Stand By Me のように)、そのたびに家族に叱られていたのでした。その娘が唯一英語が話せるので(拙いけど)、私に色々話しかけてきてくれて、「私のお父さん、….(英語が出てこない)…」というので、「Troublemaker?」「あ、それそれ!」なんていう会話もしたのです。 カンパニャン駅でルーマニア人ともお別れ。「ナイストゥシーユー」と社交辞令を満面の笑顔で交わした。私の笑顔は「お前とやっとおさらばだ!」の解放の喜びに満ちた笑みだったけどな。
陶器を巡ってポルトを散歩
ポルトはポルトガル第二の都市でポルト(ポート)ワインで有名なところ。ドウロ河が町の真ん中を流れ、その南にポートワインの倉庫兼レストランなどが立ち並ぶ。ドウロ河を5時間ぐらい遡れば、「ポルトワイン」を名乗ることができる葡萄を栽培するワイナリが広がる。この川を遡るクルーズに参加したのだけど、それはまた後で。 ポルトガルの陶器といえば、雄鶏や花模様が素朴なタッチで描かれたカラフルな陶器を思い浮かべますが、あちこち店を覗いているうちに真っ黒な陶器を発見。ポルトガル南部にあるMolelosという町の陶器。釉薬はかかっていなくて還元による自然な黒。まず最初に写真右側の伝統的なものを見つけ(オリーブ油さし)、その後現代的なほう(写真左)を見つけた。この現代的なほうの陶器に遭遇するまでの長い道のりを書き残しておこう。 教授は仕事なので、私は独りで大西洋を眺めながらの浜辺の散歩。ポルト近郊の浜辺はプライベートビーチはなくて「みんなのビーチ」というかんじ。老若男女、観光客が好き勝手に泳いだり、のんびりしている。砂浜もあれば岩場もあるし、レストランもたくさんあってお金があってもなくても楽しめそう。 休憩のために市場でワインとパイを注文。テーブルランナーやランチョンマットがクラフティであることにふと気づき、店の人に「ハンドメイドでポルトガルらしいものが見られるところない?」と尋ねたら市街地のミゲル・ボンバルダ通りに行けば?とのこと。この通りは観光マップにも印されているから簡単に見つけられる。 するとこの人の絵が目に留まり店に入る。EVELINA OLIVEIRA というポルト出身のアーティストで、ポルトガルの古い民話を集めた絵本「o doce Canto da Sereia」などで有名らしい。でもこの店はピンとこなくてスルー。 しばらく歩くと別のギャラリーのショウーウィンドウの絵が目に留まる。Cristina Vela というスペインの画家の絵だった。なんとなくこっち店の人とはウマが合うような気がして、Cristina Vela について聞いたら、ウィンドウにあるのは賞をとったシリーズなのだが、実はアレとは全然作風の違う線画も描くから面白いよ、と見せてくれた。そっちもよかった。さっきの店でみた EVELINA OLIVEIRA の絵本の原画も置いてあった。星と月の光を紡いで編物している女の子の絵で小さいし「欲しい!」と思ったが意外と高い。プリントなら手が届く…と一瞬悶々としたが、気持ちは盛り上がらなかった。諦めて「実はポルトガルの陶芸品が見たいんだよね。どこか知ってる?」と聞いてみる。 「いいトコ知ってるけど、店の名前と住所が思い出せない。でもギャラリー店主のお父さんの店なら知っているから、まずはそこに行けば?」と店の名前を書いてもらう。 別の通りに出てしばらく行くと「お父さんの店」発見(雑誌や新聞が置いてある店)。左腕骨折中の「お父さんっぽい人」に「カクカクシカジカで、お父さんですよね?」と聞くと無言で「オレについて来い」的なジェスチャー。案内のもとすぐ隣の店に入る。 デザイナーでもある息子の店はシャレた店構えで、置いてあるものもとても面白い。「Molelos の陶芸よね?」などと知ったかぶりして話をすすめたら、ノリノリな会話になり、いろんなことを教えてもらったし、本を出して説明もしてくれた。伝統的な陶器作りから新しいものへの挑戦という、「この人のおばあさんがどうのこうの、その息子が誰それで、その孫がこれを作ったの」という「ザ・伝統」を聞かせてもらった(が大半は忘れた)。私は陶芸に関する翻訳を以前していて少々専門的なことも理解できるため、「陶芸家なの?」と食いつかれる。「ポターじゃなくてニッターなの」という話から編物の話になった。この後「私がこのギャラリーに至るまでのジャーニー」をはじめ、無駄話を繰り広げ、結局最初に目についた黒い器を買った。 日本人みたいにパーフェクトな包装がしたい!などと息子が言う。飛行機で帰るからしっかり包装したいけど、プチプチのバブルラップが嫌いだ、でも仕方がない、と悶々としながら長い時間をかけてラッピングしている。「十分ステキなラッピングだよ」と褒めてあげたら、「本当!?」ってウラから自作の栞を持ってきて全種類くれた。実はもう一点欲しいものがあったけど重いので泣く泣く諦めた。 休暇から帰ってきてそれぞれの陶器を眺めていたら、この息子から買ったほうの器の後に「元値」の値札が付いていた。6割のマークアップであった。 長い話だけど、偶然が偶然を呼び、やっと辿り着いたジャーニーなのである。 器も大変に気に入っている。
スペイン&ポルトガル
南欧での休暇から戻ってみると、トロントの夏はもうお終いというかんじで、肌寒く陽射の傾きもやや物悲しい。機内で読んだ新聞によれば、今年はエジプトを始めとする政情不安定な国でのバカンスを取りやめ、ポルトガル、スペイン、ギリシャに観光客が押し寄せたのだとか。私も例にもれず、です。 休暇前半はスペイン、後半はポルトガル。取り立てて行きたくもなかったマドリードへの飛行機のチケットを教授が買ったのが事の始まりで、マドリード、グラナダ、セビーリャ、そして空路リスポン経由でポルトに辿り着くという旅でした。マドリード・グラナダ間はスペイン鉄道 RENFE の新幹線 AVE に乗り、アンテケーラでローカル線に乗り換え。グラナダ・セビーリャはバスでしたが、どちらもちゃんと時刻どおりに運行していて利用しやすかった。 マドリードでは2020年の五輪招致のためのポスターをあちこちに見かけました。アトレチコ・マドリードのホームであるエスタディオ・ビセンテ・カルデロン付近を散歩中に、試合後の物々しい警備に遭遇。パトカー、騎馬隊、白バイが何台も出動して相手チームのサポーターたちを競技場からどこかに誘導している最中でした。あとレイナ・ソフィア美術館では5時間近くも絵を見てました。 グラナダはもちろんアルハンブラ宮殿尽くし。宿泊も宮殿横のパラドールに2泊。朝食はテラスでとり、谷を挟んでヘネラリーフェを眺めながらの美味しい朝ごはん!パラドール自体が15世紀に建てられた修道院で敷地内に遺跡もあります。教授は中庭で仕事。WiFi のシグナルが非常によかったので仕事しやすかったらしい。 食事が一番美味しかったのはセビーリャ。スパニッシュ・フュージョンの新しめのタパスの店を見つけた!ここで食べたものはすべて美味しく、ビールもほかの店よりずっとキンキンに冷やしてあってウンマかった。ワインが少なめなのが残念だったかも。ワインがかなり楽しめるという店に行ってみたら、人人人!人が教会前の広場にまで溢れ出て、みんなタバコ吸いながら立ち飲み! でもでも… やっぱりポルトガルが一番楽しかった。素朴でのんびりしていて、地元民とゆっくり話しながら散策&探索を楽しめました。ポルトでは教授は仕事をしていたため、私は独りで楽しめたというのも大きいな。どんなに仲が良くても、旅の楽しみ方には微妙な違いがあるし。私は工芸品、アート、アンティークを眺めながら店の人たちとおしゃべりを楽しみ、最後に思い出の品を買うのが一番楽しい。そして、独りでドウロ河を遡るクルーズに参加して、何時間もぼんやりと景色を眺めていました。ピニャンという小さな村まで行ったので8時間近い船旅。おかげて船上でポルトガル人家族とルーマニア人の女の人と出会いました。帰りは電車。 まずはポルトガルのことから書いていこうかな。
ノルウェー – ニットの巻
ノルウェーのニット事情には暗かったのですが(今でもそうですが)、かろうじて羊が多そうな国だとか、ベビー用にノルウェー産毛糸でを使ったことがあるとか、その程度だったわけですね。 しかし実際に訪ねてみれば... 列車の窓から、のんびりと群れていたり、どこかに向かって小走りしている羊を数々見かけました。そして、町には、土産屋としてノルウェーのセーター専門店が至るところにありました。売られているのは伝統的なノルディックセーターで、丸ヨークタイプやセットインスリーブタイプなどいろいろ。機械編みが多いですが手編みも売っています。店によっては軽さや柔らかさを出すために南米のアルパカを使っているところも...! そして、毛糸屋や本屋を覗いていくうちに、何度もこの人たちに遭遇しました。 有名人?表紙も中もインパクトは強烈。ノルディック柄にインベーター忍ばせて編みこんでいる時点でビリっときました。ノルウェー語のものしかなかったので買わなかったのですが、後から調べたら英語版とドイツ語版も出ています。すごいわー、この人たち。好きです。 このクリスマスボールは別として、人形のほうはとても可愛かったです。 その他にもノルウェーのニット事情... 子供用のかわいい編物パンフレット(図は載っていないのでアイデアだけ?)をたくさん見かけました。ピングーを編みこむのじゃなくて、「ピングーになれ!」ということですね。動物モチーフを立体的に編んだものも頻繁に見かけました。 ベルゲンで休憩したカフェにこのようなドイリーが... オフホワイトが60年代ぐらいの北欧家具によくあっていました。 ニットや羊毛産業が盛んそうなノルウェー。工場やアトリエぐらいは知っていてば回れたかもね。
ノルウェー – 鉄道の旅の巻
旅のハイライト、西ノルウェー鉄道と船の旅。 Norway in a Nutshell というウェブサイトからコースを選んで旅程をカスタマイズしつつ予約。日本から長距離フライトでやってきた70才を超えた母が旅するんですからゆったりの日程です。 オスロ出発→ミュルダール→フロム鉄道→ソグネフィヨルドをフェリーでベルゲンまで→ベルゲン滞在2泊→鉄道で一気にオスロまで戻る、というコースです。写真はオスロ旧駅舎(白い建物)と新駅舎(右のほう) でもね、私たちはフェリー乗り間違えましたヨ。3時半出発なのに3時10分の船に乗って、「時間より早く出るのねー!乗客全員揃ったからかなー?」などと言いながら。しかも寒くて甲板には一歩も出ず、中でポテチを食べてました。 5時間の航路のはずが2時間ぐらいで最終地グドヴァンゲンに着いたらしく「???」と降りて始めて、乗り間違えたことに気づきました。まあ、途中で気づいて景色が楽しめない、というよりはマシかもね。 人にベルゲンへの行き方と時刻表を教えてもらい、グドヴァンゲンからバス、ヴォスから鉄道で夜9時にベルゲン着。バスの景色が圧巻でよかったです。昔は鉄道じゃなくグネグネした山道を利用していたとのこと。1980年に鉄道網が大きく整備されたので便利になり、今はこの道路で旅をする人は少なくなったと聞きました。最初のプランより、こちらのほうが遥かに変化に富んでいて楽しかったです。そうそう、新たに切符を買い直す必要もなく、余計な出費はありませんでした。「間違えた」と言えば的確に慣れた様子で対応してくれたので、こういう観光客は多いと見た。 列車の窓からは、無数の滝、急流、湖、羊の群れ、村を眺めることができて飽きません。オスロトンネルをくぐり終えたところから美しい景色が続くので、途中で眠ってしまっても大丈夫。オスロ - ミュルダール間は長いので (5時間近くあったと思う)、食堂車に行って珈琲買うのも楽しかった。車中、声のバカでかいスペイン系のオバハンが至近距離におりましたがね。旅してるとテンションが上がってしまう人なんだと思いますが、「誰と誰が別れた、ひっついた」という話を延々としていましたが私は耐えました。そのうち、電車のガタンゴトンという振動に誘われてオバハンは眠りにつきました。その静けさ... 単独であれだけの騒音を発していたのか、と思うとオバハンがややいとおしくも感じられました。 フロム鉄道は1時間の旅。20個ぐらいトンネルもあるので、写真も心して撮影しなければなりません。忙しかったです。列車もレトロなのでおおはしゃぎ! 青空が少し見えたけどお天気はぐずつき気味 帰りはデジカメでビデオ撮った。これは虹。 ベルゲンからヴォス駅に入るところ フィンスの駅辺りの景色
ノルウェー – ビンテージ&工芸品のお買い物の巻
オスロは首都だしノーベル平和賞授与式がここで開かれるのでもっと雅やかなところかと想像していましたが、こぢんまりしていて、のどかで素朴な感じの町でした。教授は学会のため毎日忙しかったので、独り遊びは得意な私はフットワーク軽くあちこち廻りました。旅立つ寸前にノルウェーの可愛い食器(フィッギオ)について人に教えてもらったので、ビンテージ&工芸品巡りをすることに。家族が合流してからはそれにさらに拍車がかかり... フィンランド生まれのムーミンのグッズがデンマークのここかしこで売られているのを見かけましたが、ノルウェーも例外ではありません。人気の高い北欧雑貨類は「スカンジナビアの国だったら何でもオッケー!」的に出自に関係なく無節操に(?)どこの国でも売られています。でも、これはたとえるなら、日本と台湾と朝鮮半島で経済協定が結ばれ、この圏内ならどこに行っても日本のコケシが売られているのと同じじゃないですか?「絶対にノルウェー製のものを探そう」... 私は心に決めました。 ま、コペンハーゲン空港でムーミングッズにはひとしきり萌えて購入した後なので、余裕があったってだけのことですが。きゃは。 グルネロッカ (Grünerløkka) 地区は掘り出し物を物色するには楽しいところでした。店やギャラリーが多く、オサレ感もあり、ノルウェーの若者たちのライフスタイルを見聞するにもよいトコです。ノルウェー人が作っているものを売っている店を探して訪ね、または作っているアトリエをアポなしで訪ね(迷惑な人!)、またそこで「おすすめの場所は?」と聞いて廻りました。ビルケルン公園のサンデーフリーマーケットもチェック (妹のガイドブックで知った)。マーケットでは愛好家がいろいろ親切に説明してくれて、さらにパワーアップ(何も知らないところから始めたわりには)。 まずこれ購入。キツネが4匹もこの中に描かれていて可愛い。でもデンマーク製です。ノルウェー製を探すと息巻いたわりにあっさり... ネ。 別に高くもなかったし、何枚か同じような壁掛けを見たので希少価値は少ないのでしょうね。でも、しばらくホテルで眺めていたらテンション下がりました。そこそこは気に入ったけど、その程度だったということですね。 古いものじゃないけど、この日一番気に入ったのは、これです。 プリント。気に入ったものが何点かあって迷ったけど、これを作った本人が出てきて、これのタイトルは「Some are born with more curiosity」(好奇心旺盛に生まれ付いてる人っているよね、の意) よ、というので、即決。私もじっとこの絵を覗き込んでいたけど、アナタも覗き込んでるからさー。相思相愛。 この人にノルウェーのクラフトシーンについて教えてもらい、オススメのギャラリーを教えてもらいビューン!そのギャラリーで3人の陶芸家にさらにオススメを聞いてビューン! その結果これを買いました(真ん中のやつ)。 これはツボで、ホテルに帰っても何度も眺めていました。ノルウェーの伝統的な町並みにピンクのバラをプリントしてある。 そしてベルゲンでこんなものを見つけてしまい... メイドインロシアだけど。 入れ子人形を展開させてみたら、帽子の色が全部違うというところがツボで。この人たち、郵便配達人?よくわかりません。私のマトリョーシカの森にお入りになられました。 ベルゲンでもじっちゃん&ばっちゃん経営のビンテージの店を一軒ひやかしましたが、ここのおばあさんは「コレについて教えて!」と頼めば時間をとって色々教えてくれます。積極的に売ろうともしないし、気に入ったものを指差せば在庫状況も教えてくれます。この店で、ママさんはものすごく可愛らしいエナメルブローチを購入。妹もサンデーマーケットで買ったカップとおそろい(?)となるお皿を購入。 あとね... ノルウェーには羊がたくさんいて、羊毛もセーターも盛りだくさん。おみやげ用のせーターはディスプレイがなっていないのですぐにピンとこないのですが、可愛いものがたくさんあります。妹は伝統的な柄のもの(手編み!)を買い、私は自分じゃ編めない機械編みの Oleana のロングジャケット買いました。どちらもべルゲンの近くで作られているものです。この Oleana の About Us のところ読んでみてください。「ノルウェーのテキスタイル産業で新しく雇用を生み出したかった。労働コストが安い国に製造業は移っていったけれど、コストが高くつくノルウェーでも製造できることを証明したかった。」というようなくだりがあります。時流にのらずに新しい思考で戦ってきたのね!買ったときはこんなこと知らなかったけど、いい買い物したな!ここのニットね、マダム系なデザインも多いし店頭のディスプレイもイマイチですが、オスロの町を散策しているときに、Oleana をステキに着こなしている女性を目撃したんですなー。美しかったですよ、その人! というわけで散財。
