火花

『火花』をやっと読んだ。関西圏で育った私には、関西の言葉で会話するときの、どことなくねっとりした感じ、心の垣根が低くなる感じがわかる。実は、読むまでは期待していなかった。まどろっこしい言い回しがいっぱいなのに、すいすい読んでしまったし、共感できた。

やりたいことがあって、それで食べていきたいのに、芽が出ない、なんてことはよくある話。結局、人並みの暮らしを選ぶまでに様々な感情が入り乱れるわけだけど、又吉はそれを書き残した。「又吉にしか書けない話」とよく耳にするけど、本当にそうだと思ったし、自分がどっぷり浸かっている世界を小説にするのは、精神的になかなか難しいことだと思う。

同じ文藝春秋に、今くるよが書いた「いくよちゃん追悼文」が掲載されている。そっちは中学生が書いたみたいな文章で、彼女の素直な気持ちがドバーっと溢れ出ていて、涙腺が緩んだ。

又吉には又吉の、くるよにはくるよの文体がある。ふたりとも世間に人となりがある程度知れているから、それぞれの独特の「声」が字面から伝わってくる。

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