転倒事件その5

かっこいいと思った救急隊のウィリアム王子は、友達に言わせると「救急車マジック」や「鎮痛剤マジック」のせいで、かっこよく見えただけらしい。

最終的に私が入院することになったリハビリ病院では、1室2ベッドという病室だったので、お隣さんがいた。骨折などで長期リハビリが必要な人と言えば高齢者。若者も入院するけど、治癒力が高いのですぐに退院するらしく、私のいたフロアの平均年齢は65歳ぐらいらしい。

私のお隣も高齢の女性で、東欧系の人で英語がほぼできない。クロアチア語を話していたので、コソボ紛争あたりでカナダに移民してきたのかも。週末には娘と息子が見舞いに来て、クロアチア語で話をしていた。娘は近くの病院にお勤めしているので、英語が話せない母親に代わって、看護師にお母さんの要望を伝えていた。

一応お隣さんなので、挨拶ぐらいは身振り手振りで交わしていた。私のほうは入院したてというのもあって、見舞客が毎日来てくれて、おしゃべりの時間もとても長かったし、パートナーは毎日顔を出してくれたし、ユーチューブ見たり、音楽も聴けた。一方、お隣さんはスマホもコンピューターもないので本しか娯楽がない。連休だったので家族が時々来ていたけど、お見舞いの時間はとても短かった。多分、ほかの高齢の患者さんたちも同じような感じなのかもしれない。

私が一番堪えたのは病院食。とてもまずい。特に夕食がひどい。朝食と昼食は軽食なので、口をつけられないほどまずいものはあまり出てこない。入院時に食事の好みに答える用紙に記入したけど、ものすごく細かい。多種多様な人が入院するので、食事も同じものを一様に配膳できず、病院側は大変なのだそうだ。

私は友達やパートナーに外から食事を持ち込んできてもらったので、ラッキーだったけど、それでも病院食が体に合わず、いつも気分が悪かった。薬を服用するのに少し食べたほうがいいと思って、ほんの少し口をつけていただけなのに。食事面を考えただけでも、長期入院している患者さんが本当に気の毒だった。でも、長期だと家族や友人も頻繁には食事を運べない…

どこの病室の人かわからないけど、毎日一日中、苦しそうに咳き込んでいる人がいた。その人も骨折しているはずだから、咳は骨に響くので本当につらい。看護師に「あれは何?」と訊くと、「喫煙者だったからああいう咳が出る」と教えてくれた。英語で smoker’s cough という。

私は怪我の原因がそもそも笑えるので、看護師たちともその話で盛り上がり、親しくなれた。親しくなると、やっぱり超多忙な看護師相手でもコミュニケーションが図りやすくなる。だから、「もうこれ以上は病院にいたくない」と嘆願したときも、あの手この手で交渉して帰してもらえた。「交渉」といっても、「私はこういう動きはできるし、こういう作業は自分でできるし、必要なものはネットで買うし、助けてくれる人も周囲にいる」などと、いかに自分には入院の必要がないかを主張するだけなのだが。病院側にはいろんな立場の人がいる。医者、看護師、理学療法士、作業療法士、薬剤師と、同じことを何人もの人に繰り返し言わなければならない。「わがままかもしれないが、これが私の意志なのだ!」みたいな開き直りは必要。

でも、お隣さんのように英語が話せないと、自分の病状や痛みを伝えたり、お願いごとをしたりできない。カナダの病院だから、英語、フランス語、スペイン語、中国語ぐらいは誰か話せる人がいると思うけど、少数言語になると難しい。やっぱり、海外に長く住むのであれば、その国の公用語か主要言語はある程度話せるように努力すべきだな、と思った。「そんなこといったって…」と反論する人もいると思うけど、そこは踏ん張らなければならないところだと思う。家族に全面的に頼ると、家族関係にひびも入ると思うし。

私はただの骨折だったので、医者と話をする機会はほとんどなかったけれど、看護師にはどこの病院でも本当にお世話になった。まったく動けないので、何をするにも看護師に動いてもらわなければならなかった。救急病院の看護師たちは殺気立つほど忙しそうだったけど、リハビリ病院の看護師たちも、特に朝から昼すぎまでは、広いフロアを走り回るぐらいのスピードで患者を診て回っていた。そんな中でも、面白い話をしてくれたり、ちょっとした無駄話を交わして気持ちを和らげてくれる看護師さんは本当にすごいなと思った。

まだ請求書が届いてないけど、多分、松葉杖と薬以外はタダなのだと思う。これだって後で申請すれば保険である程度はカバーされる。一人でシャワーを浴びられないので(バスタブをまたげない)、補助ベンチを買ったけど、これも保険がある程度適用される(医者が必要だと一筆書いてくれたので)。カナダはやっぱりその点がありがたい。
ちなみに私が買ったシャワーベンチはこれ。http://www.myaquasense.com/products/bathtub-transfer-bench/
アマゾンで買って翌日ぐらいに配達してもらった。

カナダでも、病院の経営統合やコスト削減のニュースはよく聞く。カナダも高齢化が進んでいるのに、最小限の人材やコストで、長期入院者(高齢者)を支えようとしているようにしか思えない。私が1件目の救急病院で帰されそうになったのも、そういうことのしわ寄せじゃないかと思ってしまった。

無駄をそいで、雇用を創生するのも大事だと思う。病院経営にもそういう部分はあるのかもしれないけど、医療はもう少し手厚くしてほしい。どうしても何かをそぎ落とさなければならいのなら、郵便局を民営化して、医療を充実させてほしいかも。

以上、転倒事故の報告でした。

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