カズオ・イシグロをまた読んだ。これ(も)面白かった。
この方は、やっぱり日本人的(?)ディアスポラを描きたい人なのではないかしらん。戦後に海外に出た日本人というのは、ある時期に何か事件のようなものが起きて、一斉に多くの人が祖国を失う紛争難民みたいなタイプの民族的ディアスポラじゃなくって、海外に出たのは非常に私的な理由でありながらも、その背景としては個人を超えたもっと大きな時代の流れのなかで、ある種のディアスポラを経験する。だから、他人から「自分で勝手に外に出てったんだろうが」と言われてしまえば、それでおしまい。どこかの政府や団体が介入することもない。カズオ・イシグロ自身がおそらくそうだし。彼の場合は親についてイギリスに渡ったのだけど。
でも「自分で勝手に外に出てったんだろうが」では、想像力というか共感力がなさすぎる。結局は「拠り所がある」と思い込めるほうが幸せなのだろうけど、「拠り所」というのはいつ、何時、どんな形で失うかもしれず、失いかけてから取り戻すこともあるし、「あるという思い込み」がふっと薄れたりすることだってある。「国」というくくりだと想像できないなら、「村」とか「家族」に置き換えるといいかもしれない。そういうくくりの端にいる人ほど、共感できると思う。
そういうことを物語るための設定が、カズオ・イシグロの場合、ちょっと笑ってしまうほどとても壮大なところが、とても大好き。

