今年亡くなったスコットランド系カナダ人作家、アリステア・マクラウドの有名な著作。今年中に読み終えることができてよかった。
昔スコットランドからカナダ(ノバスコシア)に移民してきた血族に静かに脈々と流れる民族の誇りというか、心の支えとなるような郷土愛というか、そういうものをノバスコシアの風景と一緒に描いた話。Nova Scotiaとは「新しいスコットランド」の意味でもあり、灰色の海、海岸線、霧深い気候も、どこかスコットランドを思わせる。話は1745年にまで遡ったり、1970年代だったり、1990年代だったりするので、カナダは新しい国ではあるけれど、悠久の時が流れているような読後感を与える。
タイトルの「No Great Mischief」というのは「大した痛手ではない」という意味。ケベックのエイブラハム平原で英仏軍が衝突したときのイギリス側の援軍としてスコットランド兵が送り込まれたときの、「スコットランド兵が倒れたって大きな影響は出ないだろう」というような英軍指揮官の言葉に由来する。当時のイングランドにとってスコットランドは隷属的存在であることを表した言葉なのかもしれないけど、家族一族の中の誰かにどんな不幸が起きようと、助け合って生きている限りは、痛手も痛手ではなくなり、血は受け継がれていく、というような意味も含まれているかもしれない。
ストーリーには、カナダの炭鉱に季節労働者としてやってくる人々の中で、スコットランド系とケベック・フランス系の絶えない争いも描かれていて、それを読むと、カナダにおけるケベックの位置づけや、ケベックに住むフランス系や、そのライバル的存在のほかの移民の心情、それをとりまく土着民の位置づけもわかる。鉱山の話の箇所は1970年代。ベトナム戦争後半と重なっている。でもこの頃の問題は連綿と続き、今なおカナダの国内問題でもある。
ノバスコシアにはまだ行ったことがないけれど、トロントをはじめ経済的に潤っているオンタリオ南部の町も登場し、ノバスコシアに住む人々が感じるトロントに対するアウェー感も描かれている。
日本を離れ、アメリカを離れ、熟年になってから住むことになったトロントに対し、私が感じるアウェー感と少し似たところもある。幼少期どころか二十代の頃の自分を知る人さえこの町には誰一人としていないというアウェー感。でもそれよりも、祖国から離れざるを得なかった、そして離れていることから生まれ育まれる「帰属意識」を心の糧に生きていることに、最終章でのトロントからノバスコシアの果てまでのドライブシーンには涙せずにはいられない。
現代のカナダの事情とは違うかもしれないが、「赤毛のアン」しか知らない人がカナダを知るにはいい本かも。読んだことはないけど中野恵津子さんという方の和訳がある。北米におけるフランスの敗北のきっかけとなった戦争だとか、日本人には馴染み薄い歴史を知っておく必要があるけど、読みながらネットで調べれば問題ない。

