サンフランシスコの友達が呉れて、荷物が重いからと別の友達の家に置かせてもらって、やっと持ち帰って読んだ。往復書簡形式の話は好きなんだけど(自分でも書いているし)、こんなに立て続けに読んだらお腹イッパイになってしまう。
しかし立て続けに読んでみて思った。この本に収録されている話はどれもこれも玉葱の皮を一枚一枚剥ぎ取ると「真実」のようなものが出てくる。でもそれが「私をわかってほしいの」的な、見せることが前提の内観で、そこに辿り着くまでドッキリする仕掛けになっている。私はそういう仕掛けが好きではない上に、「ああいえばこういう」的なやりとりも、そんなに彼女のことが好きでない彼に、彼女が一生懸命「自分がどれぐらいアナタを愛しているか」と事細かに書いたのを読まされてうんざりする、ぐらいの気持ちになった。
どーでもええやん
と思ってしまった。
それよりも、友達から借りたナンシー関のエッセイのほうが楽しかったし人生の勉強になったな。トロントですっごくナンシー関に似ているカナダ人を知っているんだけど、直視しているときに思い出すので困る。


