寺家と白子でちい散歩

日本に一ヶ月も里帰りしていたので実家付近で「ちい散歩」してみました。遠方からわざわざ訪ねるほどのものはないけど、伊勢街道沿いなのでそれなりにスポットはある。

まずは子安観音へと足を運んだのですが、観音寺よりもスゴイもの発見!(あくまでも「ちい散歩」的発見)

この周辺は車が入れないような狭い路地が迷路のようになっています。散歩というより、人の家の裏側を歩いている感じなので、怪しまれるのではと思うほど狭い。そんな中、西方寺というフツウの町のお寺を見つけ、入る。

人の手をかたどった、一見不気味な碑を発見。

碑の裏手に回ると、島村俊廣という囲碁棋士の天元戦優勝を記念したものだという記述が。

この方は寺家出身のようです。ウィキペディアにもページがあるけど、有名な囲碁棋士だったのですね。よーく見ると、気持ち悪い!と騒いだ「手」というのは、碁石を碁盤にパチリとさすときのポーズで、石が一個指に挟まれている。碑の周囲も碁石が敷き詰められている。なかなかの発見でごじゃりました。

一応、子安観音の報告もしておきますと、751年開山の古いお寺です。白衣を纏った観音様が鼓に乗って海から現れたのでその観音が祭られています。だから、このあたりの浜は「鼓ヶ浦」というのね。ふむふむ。

日本帰国直前に水上勉の「櫻守」を読んだ影響でここを訪ねたのですが、「不断桜」という有名な古木がこの本に出てきます。一年中花をつけているからこの名前が付けられているのですが、ちらほらとしか咲かないようです。

「子安(こやす)」観音なので安産祈願に来る人が多く、この日にも何組かの夫婦を見かけました。この櫻の葉っぱの裏表で赤ん坊の性別を占い、祈祷済み腹巻がもらえるみたいです。そして、前にも書きましたが、この不断桜の櫻の葉の虫食いの様子が美しかったので、伊勢型紙が生まれたとか。そんなわけで隣接の幼稚園の名前も「さくら幼稚園」。なーんだそういうことだったのか。

詳しくはこちらを。

ついでに伝統工芸会館でも行って、伊勢型紙と鈴鹿墨でも見てきましょう、と歩いていきました。書道を習っている妹のために墨を買おうとしたら、「ひらがな用ですか?漢字用ですか?」と聞かれよくわからず断念。どうも濃さが違うようです。子供の頃、近所に型紙の彫師や墨の色入れをしている人たちがたくさんいたなー。勝手にそういう家にお邪魔して作業しているところを見ていたな… などと感傷に浸ってみたり…

帰りは鈴鹿茶房でふわふわオムライス。満足な一日でした。

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